(Leaf Visual Novel Series vol.3) "To Heart" after side story

「HEART」

Written by -->MURAKUMO AMENO HOME PAGE -->SEIRYU-OU KYUUDEN

Original Works "To Heart" Copyright 1997 Leaf/Aquaplus co. allrights reserved



 またやっちまった…

 カーテンの向こうを彩る薄暗い朝焼けの光の中、
 ベッドの中からけだるい上半身を起こして、俺は肌寒い初春の空気を感じた。
 裸のままじゃ風邪を引いてしまいそうだ。
「う、うぅ…ん…」
 左横で、くぐもったような、甘えたような声が聞こえた。
「起きたか?あかり…」
「ふぅ…ん…」
 俺に背中を向けたままもぞもぞと動いているが、起きる気配は無い。
 どうやら露出した背中に冷たい空気を感じたため、俺から布団を奪回しようとやっきに
 なっているらしい。
 「起きてる時も、これぐらい自己主張すりゃあいいのにな…」
 そう思いながら、もう一度ベッドに倒れ込んで布団を肩まで上げる。
 あかりにぶつからないように気をつけながら、両手を頭の後ろに組んで、そうして俺は
 自分のあさはかさを悔い始めた。



 昨日、
 メイドロボを買ったと言う電子工学科の教授が、講義にメイド姿のそいつを連れてきた。
 マルチ。
 俺は、ひどく胸が痛んだ。
 俺達の学校で試験的に登校を続けていたあいつは、結局、望むような形で俺達の前には
 現われなかった。
 七三分けと眼鏡の教授は言う。
「この機体は廉価版だけあって、時折稼動不良が発生する…障害が無いはずの所で立ち止
 まったり、何も無い所で放心状態のようになる事が有る…」
 俺は、その行動の意味を知っている。
 知っていると、思いたい。
「…つまり、この機体は集積回路工学から考えて、単電子技術に何らかの構造的矛盾があ
 ると考えられ…」
 違う…違う。
「…か、何らかのプログラム的欠陥と言う事が考えられ…」
「違うっ!」
だぁんっ!
 静寂に包まれた講堂を、俺が机を叩いた音が漂う。
「そいつは、マルチは違う!俺の知ってるあいつは、猫を見て可愛いと思ったり、桜を見
 て奇麗だと思ったり…人のために働ける事を嬉しいと思う…そんな奴なんだ!」
 ざわめきが、次第に嘲笑へと変わってゆく。
「そいつは…そいつはただのメイドロボットじゃねぇっ!俺はそれを一番良く知ってるん
 だ!」
 罵倒と嘲笑とあざけりを背中に受けながら、俺は講堂を飛び出していた。



 俺の様子を見に来たあかりを、俺は有無も言わさずにベッドに押し倒した。
 怒りと
 哀しみと
 やるせなさの中で、俺はあかりの温もりを感じ続けていたんだ。
「…ったく、何やってんだよ、俺…」
 いつもこうだ。
 何かあって、何も出来なくって、そのたびに俺は身勝手にあかりを求めた。
 あかりも、抵抗らしい抵抗もせずにそれを受け入れてくれる。
 …情けない。
 こいつの想いに気付いた時に、そして俺自身の想いに気付いた時、こいつを傷付けたり
 しないって誓ったじゃないか。
 なのに、未だに俺は…こいつの気持ちを、公園に置き去りにしているのかもしれない。
 そう思うと、胸の痛みと苦しさが激しくなってくる。
「…ん、む…」
ごろんっ、
ごん。
 俺のひじに、寝返りをうったあかりの額が当たる。
「あ、あかり?」
 時間差であかりの眉が下がってゆく。
「…あうぅ〜…」
 こいつ本当に寝とんのかい。
 左腕を枕にして、そっとあかりの頭の下に手を滑り込ませてみる…するとあかりは、ひ
 じの裏に頭を持ってきてぴったりと定位置についた。
「…んふふ…」
 にやけて笑うあかりを見て、俺はこいつの寝相の恐ろしさに戦慄を覚えた。
「本っ当に寝てんのか?」
「…ん〜…やだ浩之ちゃん…ちゃんと寝てるよぉ…」
 寝言が終わるとともに、静かに寝息を立て始める。
「………」
 ふ、深く考えるのは…やめよう。
 そうだ、それがいい。
 安らかに眠るあかりを見つめ、俺は深い春愁にふけり始めた。



 俺は、あの時気付いた。
 いつもそばに居てくれて、俺を想い続けているあかりの存在を。
 きっと俺は、どんな時でもあかりを頼っていたんだ…だからこんなに自由な俺でいられ
 たんだろう。
 それを認め、気付いた時、あいつと恋人同士になりたいと思って…自分勝手に苦しんで、
 あかりをかえって傷つけてしまった。
 でも…その全てが、俺とあかりを本当の恋人同士にしてくれた。その時、俺は心から感
 じたんだ。
「いつだってあかりは、俺を見続けてくれているんだ。」
 と。

 人の海原の中で、
 すれ違っても、
 誤解し合っても、
 何かに頑張る俺を、
 何かに悩む俺を…ずっと見つめ続けて。
 あいつは、知っている。
 俺の、そしてあいつの求めている事が、その果てにある事を知っている。
 それが二人の自然な姿だと、感じているんだ…
 そして、
 俺達はお互いの気持ちに正直になり、
 互いに魅かれ合う、自分の心を知った。



 「…ん…」
 ごろん、
 再び寝返りをうつあかりは、静かに俺の腕から離れた。
 今まであいつの息吹きを感じていた腕が、妙に寒く感じられた。
「………」
 いつまで、
 俺はあかりとこうしていられるんだろう。
 手の届かないものに思いを馳せたり、人を羨んでは傷つけてしまう…そんな俺だから、
 よけいそう感じる。
 分かっている。
 全て分かっているはずなのに…
「…ごめん、な…あかり…」
 こんな時しか、感謝の言葉が出てこない。
 こんな時しか、お前に涙を流せない。
 自分を偽らない俺が好きだ、と言ってくれたお前に…俺は、好きだと言い続けられない。
 「好きだ」
 と言う言葉に、互いが縛られる事を恐れるあまりに…結局、お前が好きな事に変わりは
 ないのに…
「贅沢、なんだよ…俺って奴はよ…」
 天井が歪む。
「言わなくても分かって欲しい…言わなくても、分かるなんて…」
ふっ
「?」
 不意に、視界が暗闇に包まれた。

「分かってるよ…浩之ちゃん…」

「…ばっか…やろぉ…」
 あかりの暖かい腕が、俺の瞳を覆い隠している。
「泣いてるの…」
「泣いてなんか、ねぇよ…」
「…そうだよね、浩之ちゃんは泣かないよね…」
 温かい言葉が、胸の痛みをかき消してゆく。
「浩之ちゃんは、自分のために泣いたりなんかしない…人のために、誰かのために…優し
 い気持ちが、痛んだ時だけ…泣くんだもんね…」
「………」
 頬に、何かが流れる。
「今日の事、聞いたよ…同じサークルの人から。その人も、浩之ちゃんの事、変な人だと
 思ったって…でもね、もう、皆浩之ちゃんの事、何も言わないよ。」
「?」
くすっ
 微笑む声は、とても柔らかかった。
「…『嬉しいです、嬉しくて…哀しくて…幸せです。』…そう言って、涙を流したんだっ
 て…」
 誰が?
「マルチちゃんが、ね。」
 あぁ…そうか…
「…無駄じゃ無かったよ、浩之ちゃん…」
ぎゅっ
 俺の頭を抱きかかえるように、あかりの腕がまわされる。
「マルチちゃんに、浩之ちゃんがあげた優しさは…ちゃんと、生きてたんだよ。」
「…あぁ、そう…だ…な…」
「あの子達の…心の奥で…」
がばっ
「きゃっ!」
 俺の方を向くあかりの胸に、いきなり顔を埋める。
「ひ、浩之ちゃんっ…」
「生意気な奴だ。」
「えっ?」
 こぶりな二つの丘の狭間、すべすべした肌の感触がつたう涙をとどめる。
「罰として『乳枕の刑』を言い渡す。」
「…浩之ちゃん。」
「何だ。」
「………おじさんくさい。」
「うるせぇ。」
 甘い香りが、俺の頭を痺れさせる。
 静かに、優しく、時間は流れつづけた。



 恋と、
 夢と、
 そんなものに流した涙を、汚れかけた心に伝わせて俺達は生きる。
 澄んだ心は、騙せない。
 二つの心は、魅かれ合う。
 そんな、HEARTに伝わるHEARTの鼓動が…俺達を、本当に望んだ場所へと導き
 続ける。
 たぶん、
 永遠に…



「ねぇ、」
「ん?」
「ずっと、こうやっていられたら…いいね。」
「ったく…甘いんだよ、お前は。」
「えへへ。」
「…まぁ、」
 布団を互いの肩にかけるあかり。
「きっと、そうなるだろ…そう思うぜ。」
「…うん。」
 暖かい想いを包み込むように、カーテンの向こうから朝日が覗く。
 そして、
 いつもの日曜日が始まった。



                  END

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