(Leaf Visual Novel Series vol.3) "To Heart" after side story

「Tender Mind,Fighting Heart.」

Written by -->MURAKUMO AMENO HOME PAGE -->SEIRYU-OU KYUUDEN

Original Works "To Heart" Copyright 1997 Leaf/Aquaplus co. allrights reserved



……
…遠くの、歓声。

キュッ…キシ…
…バンデージのきしむ音。

トクン、トクン、トクン、トクン……
「私の、鼓動…」
 意図せずに、私の口から言葉が漏れた。
「えっ?…包帯、きつい?」
 看護婦のお姉さんが、心配げに私の顔をのぞき込む。
「あ、い、いえ、大丈夫です!」
 そう言って頭に手をやると、
ズクン、
 鈍痛が頭を包む。
 きっと、
 こうやって気を張っていなければ直ぐにでも倒れてしまうだろう。
 …でも、

 タタカエナイホドジャナイ

 そう自分に言い聞かせることで、私は、何とか闘志を保っていられる。
「…ねぇ、松原さん」
「…はい。」
 看護婦のお姉さんが、心配げに私の顔をのぞき込んでくる。
「本当に大丈夫?…無理して試合すると、後々取り返しの着かない事になるかも知れない
 わよ?」
「いぇ、へ、平気です!」
 嘘だ。
 頭の中がドロッとした痛みに満たされる。
 確かに戦えるかもしれないが、もう数撃でも頭に攻撃を受けたら…それこそ、看護婦さ
 んの言うような事になってしまうかも知れない。
 でも……でも、次の試合だけは棄権するわけには行かない。
 だって、
 待ちわびた究極格闘選手権「EXTREME〜エクストリーム〜」
 やっとたどり着いた、女子高校生の部決勝戦。
 そして戦う相手は…


               # # #


 綾香さんが私の所を訪ねてきたのは、大会のちょうど一週間前。練習場である神社の境
 内が、紅葉に染まりつつある時だった。
 緑と赤の微妙に混ざり合う木々の間から、声が聞こえた。
「やっほ、葵。」
「あ、こんにちは、綾香さん。」
 私は空手時代の習慣から、サンドバックを叩く手を休め、先輩〜綾香さん〜に向かって
 おじぎをしてしまう。
「あ…」
 と綾香さんが呟いたと同時に、
「えっ?」
ぶぉん、
どむっ
「きゃっ!」
 左横から衝撃。
 渾身の中段突きによって浮き上がったサンドバックが、勢いを含んで返ってきたのだ。
「あ、あ、あ…っと」
 危なく、サンドバックにダウンをうばわれる所だった。
「…ぷっ…くすくす…」
「………」
 気恥ずかしい気持ちを感じながら、笑い声の出所に視線を向けると・・・
「あっはっはっは…」
 綾香さんが目尻に手をやりながら笑っていた。
「………」
かーっ
 自分でも、顔が上気するのがわかる。
「あはは、あ、葵、私の前でサンドバックにどつかれるのって、これで何回目だっけ!?」
 うつむいた頭に、綾香さんが問いかけてきた。
「…さ、三回目、です…」
「高校生になってからは、一回目って事ね。ぷっ…ははは!」
 いつまでたっても綾香さんの笑いは止みそうにない。こんなみっともないドジは、空手
 を始めたばっかりの時以来だ。
「わ、笑わないで下さい…」
「あは、ゴメンゴメン。こんな葵を見るのも久しぶりだったからね…集中力、足りてない
 んじゃないの?」
「あ…そ、そうですか?」
 口ではそう言ったものの、それは自分でも分かっている。
『やっぱり、綾香さんにはわかるんだ…』
 私は、改めて先輩の勘の鋭さに感心してしまった。
「全く…せーっかく陣中見舞いに来たってのに、肝心の葵がそんな調子じゃあねぇ。」
「陣中見舞い?」
「そ。」
ヒュッ
 風を切る音がする。
 気がつくと、綾香さんの拳が目の前に突き出されていた。
「今度のエクストリームの、ね・・・」
 綾香さんの拳がゆっくり開くと、
はらり…
 と、くすんだ緑色の葉が落ちた。
 同時に、
パラパラパラ…
 完全に砕けた枯れ葉が、その周りを踊るように舞う。
『二発…打ってたんだ…』
 綾香さんは、一瞬のうちに二枚の木の葉を掴んでいたのだ。
スゥッ…
 軽い戦慄が私の胸を凍らせる。
 そんな私の胸中を知ってか知らずか、綾香さんは再び柔和な表情をたたえる。
「葵は今回が初参加だし、そろそろ調整に入ってる頃かなーって、思ってたんだけど…」
 腰に手をやって、ゆっくりと周りを見回す綾香さん。まるで何かを探しているようだ。
 きっと、先輩を探しているのだろう。
 でも、
 先輩は居ない。
 ここには居ない。
「…居ないわね…」
 半ば分かっていたことだけど、こうまで予想通りとは思わなかった。
「誰が…ですか?」
「葵の旦那。」
 いつもの口調。でも、そんな軽い言葉すら、今の私にとっては辛い。
「…せ、先輩は…買い物、だ、そうです…」
「?」
「あ、あの、」
 言わなくてもいい事。
 なのに、
「か、神岸先輩と、一緒に…」
 口が、勝手に動く。
「…」
 驚いた表情で私を見る。
「神岸さんって…あいつの幼なじみ、だっけ。」
「………」
こくん
 さっきまでサンドバックに叩き付けていた不安が、一気にわき上がる。
「ここ数日、練習にも立ち会ってくれなくって…」
「………」
「おととい、神岸さんと一緒にここに来て…二人で、買い物をしてるんだって…」
「…はあぁ〜っ」
 綾香さんは、心底呆れたかのようにため息をついた。
「集中力が無いとは感じたけれど…それが原因とはね…」
 一転、その表情が厳しいものに変わる。
「この大事な時期に、選手が何を求めてるかすら分からないなんて…『マネージャー』と
 しても…」
 眉がかすかにつり上る。
「『男』としても失格ね。」
「…それは…」
「違う、とは・・・言い切れないわよね、葵。」
「…」
 そうだ。
 綾香さんの言うとおり、私は先輩を求めている。
 支えてくれる『マネージャー』としても、
 私を包み込んでくれる『男の人』としても…
 だから、
 迫り来るエクストリームに向けて、次第に焦ってくるこの気持ちを・・・
「…はい」
 支えて、欲しかった。
 包み込んで、欲しかった。
 なのに…
「わ、私…」
「ん?」
「…私、先輩に…言ってもらえたんです…女の子としても、パートナーとしても、大事な
 人だって…でも、でも…先輩は、私以外にも、たくさん女の人と知り合いで…」
 綾香さんの表情が険しくなる。それを見てもなお、私の口から言葉は出続けた。
「神岸さんなんて、私より、ずっと、優しくって、おしとやかで…」
パタタッ
 涙の雫がウレタンのグローブを叩く。
 徐々に歪んでゆく視界に、私は自分さえ歪んでしまいそうな錯覚を覚えた。
「神岸さんが、先輩にとって大事な人だって言うのは…分かってます。でも、私、先輩が
 居なくって…練習も、身が、入らなくって、」
「葵…」
 言葉が止まらない。
「神岸さん、先輩からずっと離れなくって…私に、先輩の昔話をしてくれて…先輩も、神
 岸さんと、楽しそうに話して…私、私…」
 わがままが止まらない。
「先輩が、神岸さんと幼なじみなのも…親しい仲なのも、知ってます…でも、私は…先輩
 に、神岸さんと、一緒に居て欲しくなくって…分かってる!私のわがままだって、分か
 ってる…分かってるのに…」
 想いがどうしても、止まらない。
「少しでも、私と一緒に、居て欲しいって…神岸さんを見ないでって…私、もう、自分で
 も…何が…何だか…」
 私は、自分がこんなに弱い人間だと、初めて・・・知った。

「…やっぱ…俺のせい、だな…」

「えっ?」
 暖かい声。
「そうよ、全く…」
 綾香さんの呟きに顔を上げると、
ふわっ…
 綾香さんの後ろで、大きくはためく青い布。そこには黄色で
『VICTORY!AOI!!』
 と鮮やかにつづられていた。
 風に舞う横断幕がゆっくりと地面にその身を横たえる、
 すると、
 その向こうには…
「ごめんな、葵ちゃん。」
 私の最も愛しい人の姿があった。
 瞬間、
 胸を暖かいものが満たす。
「そんなに不安にさせてたなんて、思わなかった…ごめん、ほんとに、ごめんな…」
 その声を聞くたびに、震えがおさまってゆく。
「そ、そんな…わ、私なら…」
 大丈夫です。
 そう言おうとしたのに、
「だ…だい、じ…うっ…うくっ…」
 喉の奥から漏れてくる鳴咽が、そんな一言の強がりさえもかき消してゆく。
「あかりに手伝わせて、これを作ってる間…ずっと、そんなふうに葵ちゃんを不安にさせ
 ていたなんてな…綾香、おめーに言わせると、」
「『マネージャー失格』よね…でも、」
くるり、
 音もなく背を向ける綾香さん。
「『男失格』だけは、免除してあげるわよ。」
「へいへい、そりゃ光栄だねぇ。」
「浮かれちゃ駄目よ、一番許してもらわなきゃならない人に、まだ答えを聞いてないでし
 ょ…ま、もっとも。」
 すたすたと足早に遠ざかる綾香さんの姿が、不意に振り返って、微笑んだ。
「その様子じゃ、答えは決まってるようだけどね。」
「…あ…」
 言われて初めて、私は先輩の元に駆けつけている自分に気がついた。
「…あいつの言うとおりだな…ごめんな、葵ちゃん。」
「い、いえ!私は…そんな…」
 取り繕おうとするほど頬と頭の中が熱くなってしまう。でも、そんな動揺とは裏腹に、
 胸の中を満たしてゆくものがあった。
「本当にごめん…これからは、ずっと葵ちゃんの側にいるからさ…」
「………」
 先輩の腕に優しく抱きしめられて、私は思い出す。
 初めて合った時、
 練習を見に来てくれた時、
 一緒に格闘技をやる、と言ってくれた時、
 坂下さんとの試合の時、
 あなたが私にとって、かけがいのない人だと知った時…
 いつも、がむしゃらに進む事で何かをごまかしていた私に、強さを求めるだけじゃ何も
 変わらないって教えてくれたのは…先輩の言葉や温もりだったって事…
「…あかりは、」
びくっ
 意図せずに、肩が震えてしまう。
「あいつと俺は、お互いにとって大事な存在だ…幼なじみだしな…でも…」
…ぎゅ
 背中にまわされた腕が、灼けるように熱かった。
「俺が『守りたい、力になってあげたい』って決めた人は…葵ちゃん、君だけだよ。」
「……」
 自分が、情けない。
 いつだって先輩は、私の事を思ってくれてる…たとえ何をしていても、心は一番近い所
 にいるって…知っているはずなのに…
 私が強くなりたいって理由は…闘う喜びだけじゃなく、その向こうにある「明日の自分」
 だって、知っていたはず…なのに…
 私は、先輩の胸に飛び込んだあの時から…成長してなかったんだ…
「…葵ちゃん…」
「はい…」
 優しい呼びかけの声に顔を上げると、私の全てを包み込むかのような優しい瞳をした先
 輩が微笑んで居た。
「…二人で、強くなろうぜ。」
「え?」
 その瞳の中に、私が…いる…
「一緒にいて、お互いの事を話して・・・誤解しても、喧嘩しちゃっても、話して、話して、
 うーんと話して・・・そうしたら、どんなすれ違いも、笑いあえるようになるよ…きっと、
 俺達二人なら…」
「せ…んぱ…い…」
「な、なーんて、な…」
 照れくさく笑う先輩の胸に、涙の粒ごと顔を埋めてしまう。
「先輩。」
「うん?」
「私…強くなります!いつでも、先輩が一緒にいてくれるって…私と一緒に、同じ夢に向
 かって歩いてくれてるって…信じて…」
 胸が熱くなる。
 さっきとは違う、熱く、熱く…燃え上がるような熱さ。
「もう、迷わない…もう振り向かない…真っ直ぐに前を見て…」
 これは、戦いの熱さだ。
 そうだ。
 これからは、私と先輩の…一緒の戦いなんだ。
「頑張って、闘います!」
「そうだ、その意気だ!!」
 肩に手を置いて、励ましてくれる先輩。
 貴方がいるから…私は、歩き続けられる…
「がんばれ!葵ちゃん!!俺は君を支える事しか出来ないけど…そのかわり、だれよりも君
 を強くして見せるぜ!」
「はいっ!…だ、だから…先輩に、お、お願いが、あるん、です、が…」
「ん?」
 顔を上げて、先輩の顔をしっかり見る。
 自分でも分かるほど、顔が熱くなっている…でも、もう決めたんだ。
 先輩は、こんな私のすべてを支えてくれる。だから、私も正直になって…全てをぶつけ
 よう…戦いへの不安も、
「あ、あの…」
「な、何?」
 私の中の想いも…
「ゆ、勇気を…先輩の勇気を…分けて、下さい…」
 そう言って目を閉じた。
「………」
 薄い暗闇の中、微かな吐息が私の唇に触れる。
 その次の瞬間、
「ん、む…」
 ………
 先輩のキスは、長く、優しく…まるで神聖な儀式のようだった。


               # # #


 「それでは『第二回究極格闘選手権・エクストリーム』女子高校生の部、決勝戦を行い
 ます。」
わあああぁぁぁ
 床をも揺るがす程の歓声が、白い硬質ウレタンの上の私と綾香さんを包む。
 待ちわびたエクストリーム、やっとたどり着いた、この瞬間。
 ふと、後ろの観客席を見やると…
ふあっ
 周囲に渦巻く喧騒の中、青い横断幕に黄色の文字が浮かぶ。
『VICTORY!AOI!!』
 それを持つ人は、あかりさんと…私に、勇気をくれた人。
「両者、中央へ!」
「はい。」
 綾香さんが、一瞬早く踏み出す。
「押忍!」
ギッ…ギッ…
 マットを踏みしめるたび、高ぶっていた鼓動が収まってゆく。
 胸に浮かぶ、あの微笑みが…私をこうやって前に進ませてくれる。
ギッ
ガシッ
 マットの中央で、綾香さんと軽く拳を合わせる。
「とうとうここまで来ちゃったわね。」
「はい、自分でも信じられないくらいです!」
「本当にすごいわ…でも…」
 綾香さんの瞳が険しくなる。
「手負いで勝てるほど、私は甘くないわよ。」
トクン、トクン、トクン、トクン…
 再び、鼓動が高鳴りはじめる…でも、さっきまでの、はやるようなリズムじゃない。
 私を戦いに誘う、熱い炎のような旋律(ビート)。
 あの人のくれた自信が、勇気が、想いが…今、私の中で燃え始めたんだ。
「体の傷なんて、問題じゃありません…心が傷つき、倒れない限り…」
「?」
「私は前に進み続けます!」
 自分でも信じられないほど、心が躍っているのを感じた。
「さすが…私が見込んだだけの事はあるわね…」
フッ
 鋭い眼光をそのままに、口元だけが不適に笑う。
「両者!離れて!」
 レフェリーが、一旦私と綾香さんを離す。
「スタンバイ!!」
 ファイティング・ポーズをとった瞬間から、私の心は限り無く澄んでいった。そんな白
 い輝きにも似た恍惚の中、開場を包むアナウンスだけが私の鼓膜を震わせる。
「さあ、本日最後の試合、女子高校生の部・決勝戦!闘うは二名の麗しき舞姫たちだ!チ
 ャンピオン・来栖川綾香と無名の新人・松原葵!彼女たちは何を求め、何を追って闘う
 のか!だがしかし、一つだけ分かっているのは…敗者に与えられる栄光は、無いって事
 だけだ!!」

 耳を澄ますと、先輩の声が聞こえる。

「可憐な少女達よ!己の信じるもののために、全てを賭して闘え!全ては戦いの果てにあ
 る!!究極格闘選手権、THE・EXTREME!TODAY’S FINAL BOU
 T!!レディーーー………」

 「葵ちゃーん!がんばれーっ!!」

「GO!!」

 「はいっ!!」



 そして純白の輝きの中、私の世界は走り出した。
 痛がりな心と、
 熱い闘志を抱いて…



                  END


WARUAGAKI

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ん!がんばれーっ!!」 「GO!!」  「はいっ!!」  そして純白の輝きの中、私の世界は走り出した。  痛がりな心と、  熱い闘志を抱いて…                   END
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