平盛○○年11月23日(月)・勤労感謝の日・天気・・・雪
散らかっている室内で、パソコンのキーボードを叩き続ける。
今かいている小説は、いつもながらのパロディものだ。
本来は文章書きの練習に始めたパロディ小説だが、今となってはめっきり俺の生活の一
部になってしまっている。
「こんなもん書いてていいのかなぁ、俺…」
そうつぶやきながらも、キーボード上の手は止まる様子を見せない…我ながらどうしよ
うもなさ加減も極まっているな、こりゃ。
俺の名は雨野村雲。
もちろん本名では無い。俺の小説を書く時のペンネームだ。
さて、
話は変わるがここ数年、俺の身の上に妙な事が起こり始めている。
パソコンの前で号泣したり、金色の「CD−R」と書かれた円盤や美少女の描かれた箱
と本が周囲にあふれ始めたり…ようはパソコンのゲームにモロハマリしているのだ。
しかも18禁系のごく一部にのみ傾倒している所がダメくさい。
実はそれらは全て、「元帥」と呼ばれる人物による各種精神攻撃の賜物なのだ。
元帥。
そう、今言及に及んだこの人物こそが、諸悪の根元にして破壊の伝道者、まさにハート
・オブ・メイルシュトローム(災禍の心央)と呼ぶにふさわしい魔王なのだ。
元帥とはある経緯によってかの人についた称号で、(詳しい経緯に付いては触れない。
本人の名誉と俺の友人関係のためである。)いつも飄々と人を煙に巻く事を得意として
いる人物なのである。
あの人によって俺が被った被害は数知れない。
「えっ?俺何もしてないよ。ふつ〜ふつ〜」
いつもこう言って責任追及を逃れる姿は、底知れぬ魔力を持つ無毛の荒野の大元帥とし
ての貫禄を充分に湛えている。
駄菓子菓子
もとい、
だがしかし。
そんな邪悪にして怠惰にしてズッコケな関係も、来年の春を最後に途絶える事になる。
何故かって?
それはなぁ・・・ふっふっふっ・・・
「来年の春から、俺は東京の人間になる(予定)だからだよほほ〜ん!俺は東京に行った
ら(予定)元帥の手から逃れ、何にも束縛されない、自由でハッピーでラッキーでウォン
チューでアジスアベバな生活を送るのさあ〜〜っ!!」
そんな意味の無い言葉を心の中で叫んだ瞬間、
ピンポーン
階下から無粋なチャイム音が響いた。
「誰だ!このハッピーでラッ(中略)ベバな一人上手を阻害する奴ぁ!!」
とか答えてやりたい衝動が瞬間的に湧きあがる。
だが前途ある俺はこんな所でキ○ガイ扱いされる訳にはいかないので、その衝動を押さ
えながら不承不承と階段へ向かった。
「はいはーい、」
二階からそう答えると、
ピンポーン
それに反応するかのようにもう一度ベルが押される。
「・・・しつこいな・・・また(宗教事情)な(検閲削除)かな。」
不穏当な発言をしつつ階段を下りようとした俺を、
ピポピポピポーン
「すみませぇ〜ん」
聞き覚えのある声がした。
「!この声は・・・」
その声は先日、元帥の所に行った時に聞いた声だ。
「おかえりなさぁーい」
元帥の家の玄関から、その娘は元帥を出迎えた。
「ゼロチ」とか言ったっけ。
髪の色は青に、瞳の色は赤に変わっているが、間違い無く来栖川重工の新型メイドロボ
「HM−12」型だった。
この機体の体型とサイズを目の当たりにして、俺は何故、元帥が彼女を購入したかを一
瞬にして理解した。
「さすが、つるぺた元帥・・・趣味のためにン百万のつるぺたを購入するとは・・・」
そう俺がつぶやいた時、
「えっ?購入?・・・違うねぇ〜」
元帥のその言葉にも驚いたが、それよりも俺が驚いた事は、
ぽっ・・・
彼女が、俺の言葉に反応して頬を染めた事だ。
「わ、私、つるぺたですか・・・」
彼女の事は、妙に人間臭いメイドロボットだったから良く覚えている。
「ったく元帥め・・・いくら俺が今日の昼間は暇だって言ったからって、不意打ちをかける
事は無いだろうに。」
ピポピポピポピポーン
正解っ!
・・・と思わず呟いてしまう。
「えーいしつこいっ!今出るから、待ってて下さいよ!」
足早に階段を駆け下り、一足飛びにドアの前まで駆け寄る。
ピポピポピポピポ
「しつっこいと・・・」
怒りを込めてドアノブを握る。
「言ってるでしょーがっ!」
ばんっ!
ピポ
「あうっ」
べしっ。
同時に、いくつもの音が交差する。
・・・ーン・・・
消え行くベルの音と、勢い良く押し開けたドアの向こうにあったのは・・・
白い雲。
蒼い空。
向かいの家。
プロロロロロ・・・
通りすぎる赤い車。
「・・・・・・・・・」
一瞬の空白の後。
「・・・う、うえぇーん・・・」
誰かの泣き声が聞こえてきた。。
「をやっ?元帥の声・・・じゃない・・・な・・・?」
一人呟く俺の耳に、情けない声が届く。
「い、いたいですぅ・・・ふぇーん・・・」
発生源は無論、俺の左に存在しているドア板の向こうからだ。
「あ、ごめんごめん。君だけで来るとは思わなかったよ、ゼロ・・・」
ゼロチ。
そう呼ぼうとして、俺は固まった。
ドアの向こうから後頭部と額を押さえて出てきたのは、確かに俺が予想した通りの『人
間臭い』メイドロボだった。
だが・・・
青い髪は、淡い紅(べに)色に。
鮮やかな赤に満たされた瞳は、暗めの橙色に。
心なしか、耳(センサー)も小さくなっている。
着ている服は、深緑色のブレザーとチェックのミニスカート・・・近隣の私立高校のもの
だが、俺の趣味にぴったり合致している服だ。
この娘が着ると凶悪に可愛い。俺の煩悩のツボを突きまくりだ。
「あ、あぁ・・・あの・・・」
ワインレッドの棒タイを直しながら何かを言おうとしているが、その言葉を聞く前に俺
の口から出た言葉がある。
「君は・・・誰だ?」
当然の疑問。
「ぐすっ・・・すん・・・は、はい・・・」
涙と鼻水(・・・ロボットのくせに・・・)を堪えながらその子は、
ぺこり、
と頭を下げた。
「わ、私、新型のメイドロボで、『バリュースター』と言う者なんですけど・・・あのぉ・・・
恐れ入りますが、雨野さんのお宅はこちらでしょうか?」
その瞬間、雨野村雲の意地悪回路に電流火花が走った。
「・・・いいえ、家は雨野ですけど。」
「あっ!ま、間違えました!どうもすいません!」
ばたんっ
一礼すると共に、風のように去ってゆく彼女。
「・・・・・・」
過去、何度もこの応対で訪問者の苦笑(と冷笑)を呼んだ俺だが・・・真に受けたのは、彼
女が始めてだ。
つーか、へなちょこ。
「・・・待つか・・・」
俺は、ちょっと早めの昼食を摂るために食堂へと向かった。
〜三十分経過〜
ボオォォォ・・・
汽笛にも似た正午を示すサイレンが、遠くのパルプ工場から聞こえる。
ピンッポォ・・・ン
時計を見る。
「三十分か・・・けっこうかかったな・・・」
食いかけのトーストを置いて、俺は今度は優しく対応してやろうと思っていた。
思うだけ。
ピンポピンポピンポピンッ・・・ポォーン
さすがに先程の勢いは無いらしい。
ガチャッ
ゆっくりとドアを開ける。
「あのー、すみませぇーん、私は押し売りでも新聞でも神様のお使いでもなく・・・」
「いいえ、家は雨野ですけど。」
「そ、そうですか・・・どうもすみませんでし・・・」
がしっ
去ろうとする彼女を見て、さすがに今回は手が出た。
襟首をつかまれ、ふらつきながら振り返る。
「な、何でしょうかぁ?」
「だから雨野だっつーてるだろうが!」
「いいえ、私が探しているのは、雨野さんの家で・・・」
瞳を上に向け、数秒の検索活動を行う。
「あってますねぇ・・・」
「合ってんだよ。」
・・・ぺたん
その場にへたり込む少女。
「はうぅ・・・良かったぁ・・・探しても探してもみつからなくって・・・」
「・・・・・・」
微妙な罪悪感が胸を去来する。
「本当に・・・良かったぁ・・・」
ぷしゅうーっ
「うわっ!」
白い蒸気を体から出したかと思うと、彼女はゆっくりと・・・
「わわわっ!」
慌てて倒れた彼女の体を支える。
ふわっ
「あ・・・」
柔らかい。
思っていたより、ずっと軽い。
それに・・・
「・・・可愛い・・・」
はっ
「い、いかん!俺も意識を飛ばしてどうする!」
そう思って彼女を抱きかかえようとすると・・・
「まいどーっ!」
「うわぁっ!」
宅配便の青年が、俺の目の前に立っていた。
「すいません、得意技が忍び足でして・・・」
「いや・・・んな事は聞いちゃいないけど・・・」
訳の分からん問答をしながら、倒れたメイドロボを抱きかかえる。
「あ、そうそう。お荷物が届いておりますが。」
「荷物?」
青年の後ろに目をやると、大き目のジュラルミン・トランクが鎮座していた。
「はい、何でもメイドロボ用のメンテナンスツールだそうですが・・・」
「・・・はぁ・・・」
大体差出人の予想はついた。
・・・一体何者なんだ、あの人は・・・
「それでは、ここにハンコかサインを」
「あっ・・・えぇっと・・・」
あいにく、俺の両手はふさがったばっかりだ。
「拇印でもいいですよ。」
「拇印?」
じーっ
二人の男の視線が集中する。
・・・ぽっ・・・
気のせいか、気絶しているはずの少女の頬が桜色に染まる。
「これじゃあ拇印には使えないですね〜」
「貧乳だしね〜」
「あははははははははは」
「あはははははははははぁ〜」
どげしっ!!
我ながら…衝動的に出した割には切れの良いハイキックだったと思う。
# # #
ぽんっ
鼻血の朱肉は、指に気持ち悪い。
「ありやとやんしたー」
胸元に鼻血を垂らしながら、青年は車に乗って去っていった。
「プロ根性ってやつか・・・」
丁寧に拭っていってはくれたが、まだ感触が残っていて・・・やっぱり気持ち悪い。
「さて、と・・・」
居間のソファーに彼女を横たえ、トランクの中に入っていたラップトップ・パソコンを
起動させる。
画面の上に付いているカメラレンズ部分を上下に回しながら、思わず呟いてしまう。
「・・・何故にバ○オC1かなぁ・・・」
元帥の趣味なのはわかっているが、一応突っ込んどく。
ぶうぅーー・・・ん
「HMOS Ver3.6」
と言う文字が画面に出現する。
だが、
ふっ
と画面が暗転したかと思うと・・・
「KOKORO・Ver1.7+」
と言う一文が漆黒の中に浮かぶ。
「?何だ?これ・・・」
その下に流れ始める、無機質な言葉。
「貴方はこの機体『バリュースター』のオーナーとなる事を了承しますか?
Y/N」
「・・・まぁ、一応・・・」
「Y」
言葉が速やかに入れ替わる。
「・・・!!」
その言葉の意味を理解した時、俺は軽い衝撃を受けた。
「この機体は、正当な手続きを以って貴方の手に渡った物ではありません。
色々な意味で問題も多く、また、オーナーである貴方を傷つける可能性も存在します。
貴方はこの娘に心有るものとして接する事が出来ますか?
Y/N」
「正当な手続きではないってのは分かるけど・・・俺を、傷付ける?それに…心有るもの…
か…」
俺には何故か・・・おそらくは直感に近い感覚で、それがとても大切な約束なのではない
かと感じた。
それも、
この娘の存在自体に関わるぐらい重大な。
「・・・うぅ〜む・・・」
経済的状況。
時期的状況。
全ては、「N」を示したがっている。
しかし・・・だが、しかし・・・
さっきの言葉を読んだ時と同時に刺さった小さなトゲが、俺の心を揺るがせる。
「・・・う〜ん・・・『心有るもの』に接するように…か…」
俺に…できるのだろうか…
短いような、長いような時間が駆け抜ける。
「・・・・・・ふぅ・・・」
悩む事に飽きた頭で居間の中に視線を巡らせると・・・
「・・・あ・・・」
そこには、眠る美少女が居た。
へなちょこ
ちび
おっちょこちょい
でも・・・
軽くて、
柔らかくって、
一生懸命な・・・可愛い子。
一生懸命?
「・・・そうだよな、心があるじゃないか…この子には。」
心の中に風が吹き込むような感覚を感じる。
「馬には乗ってみよ、人には沿うてみよ…ってな」
「人」
違和感は、無い。
全く。
「・・・ぃ良しっ!」
乱暴に、「Y」を叩く。
すると・・・
「以後、この画面が表示される事はありません。付属している説明書に従って、
ユーザー登録等を行って下さい。」
と言う文字が現われたかと思うと・・・
「ありがとう G・N」
最後に、画面の端にそんなメッセージが出て、消えた。
# # #
「受け取ったか、よしよし。」
プロロロロロロロロロ
「先日の相談の恩は返したよ、雨野君。その時聞いた好みに合わせておいたからね〜。
それに、色々と教えておいたし・・・ふっふっふ・・・楽しみ楽しみ・・・」
通りすがりの赤いワゴンRの中から双眼鏡を覗き、元帥はそうつぶやいた。
二秒後、
どがげごしっ!!
すさまじい音とともに電柱の一本が傾きはじめる。
危険ですから、よそ見運転は絶対にやめましょう。(政府広報)
第一話 END
次回予告・雨野
元帥のさしがねで俺の家に来たこいつは、『HMX−12V7・バリュースター』って
言うんだそうだ。
でも、なんつーか・・・呼びにくいし、可愛げが無いよなぁ・・・よし!俺がいい名前をプレ
ゼントしてやろう!
次回、メカ耳少女の居る風景『私のお名前なんてーの?』
変な名前は却ーっ下だ!