平盛○○年12月3日(木)・天気・・・曇りのち雪
「ただいま、リュース。」
「おかえりなさーい。」
たぱたぱたぱたぱたぱ
軽やかにスリッパの音を立てて俺を出迎えてくれる。
9時半と言う遅い時間にもかかわらず、リュースの周りだけは昼間のような雰囲気が漂
っている。
「お疲れさまでしたぁ。」
この声になって三日目、ようやく普通に接する事が出来るようになった。
「当初は、笑いかけられるたびに胸を押さえていたからな・・・」
この声の破壊力は、対峙したものにしか分かるまい。
「・・・どうしました?」
「あ、いや・・・何でもないよ。」
ごまかす意味も含めて、優しく頭を撫でてやる。
「あ・・・」
なでなでなでなで
頭を撫でられた時、本当にこいつは嬉しそうな顔をする。
ぽーっ
なでなでなでなでなでなで・・・
「リュースは、俺の最高のパートナーだな・・・」
「・・・あ、ありがとう・・・ござい、ます・・・」
さて、
気温の関係から、そろそろ玄関先に立つのも辛くなってきた。
「上に行ってるから、後で食い物持ってきてくれ。頼むな。」
「は、はい!」
ぽん、と触れるように頭を叩く。なでなではおしまい、の意をあらわす動作だ。
「今日は、お好み焼きがありますけど。」
「母さんも好きだなぁ・・・まぁ、食う方の俺にとっちゃあ、大好物がちょくちょく食えて
ラッキーだけどな。」
「え、いえ、あの・・・違くて・・・」
「?」
「私がお願いして、作らせて貰ったんです・・・」
「ほー。」
りっぱに自主性を持ってるんだな、こいつは。
「今度は、大丈夫だと、思います・・・」
「じゃあ、」
階段の半ばで手をひらひらさせる。
「その成果を持ってきてくれ。大至急な。」
「は、はい!」
背中に嬉しそうな返事を聞きながら、俺は自分の部屋の扉を開けた。
# # #
久しぶりに引っ張り出した漆黒のゲーム機をテレビに繋いでいる最中に、リュースはや
って来た。
「失礼しまーす、食べものとお飲み物を・・・?」
長方形のお盆にお好み焼きとお茶を持ってきたリュースは、俺の手元を興味深くのぞき
込んだ。
「何ですか?それ・・・」
どうやらこのゲーム機に好奇心を覚えているらしい。
「ん?そうか、リュースは初めて見るか・・・じゃあ、よっく見てろよ・・・」
赤と白と黄色に塗られた接続端子を、ブラウン管の下にあるAV端子へと差し込んでか
ら、本体とテレビのスイッチを入れる。
ちゃ〜ら〜らーら〜・・・ちゃ〜ら〜らーらー・・・
軽やかな音楽とともに、ゲーム機の名が出る。
「?」
一瞬の暗転の後、
「・・・!うわぁ・・・」
リュースの感嘆の声に呼応するかのように、激しいビートの音楽と、鮮やかに舞う格闘
家達の姿が俺の部屋の一部を彩り続けた。
「いわゆる格闘ゲームって奴さ・・・ちょっと型は古いけど、充分楽しめるぞ。」
デモ画面が終わって、ゲームのタイトルが表示されるに至って、
「・・・すごいです・・・」
やっとリュースは感想の言葉を述べた。
「・・・とても綺麗ですね。」
「でも、これは眺めて楽しむ物じゃないんだぞ。」
「え?そうなんですか?」
「ああ。」
手元に置いたジョイスティック(ゲーセンにあるのとほとんど同じ形だ)のスタートボタ
ンを押して、キャラクターの選択画面に移る。
ふと横を見ると、これから何が起こるかと言う期待感に目を輝かせるリュースがいた。
「・・・・・・」
真剣な眼差し。
キャラクターを選択して、対戦画面にはいった所でようやく何が起こるかを理解したら
しく、俺の方に言葉をかけてきた。
「この画面のお二方が、登場人物なんですね。」
「そうだ。左の学生服を着ているのが俺の使うキャラで、右の赤い頭に赤いズボンの男が
コンピューターの操るキャラだ。」
画面の中の二人の男が手に火をともす。
左の男は紅蓮の炎、
右の男は青白い不気味な炎。
「炎がお前を呼んでるぜ!八神・・・」
「・・・なら燃え尽きろ、潔くな。」
画面の中で互いに牽制しあう二人、試合開始前のデモンストレーションだ。
「・・・ご、ご主人様・・・」
おずおずと話し出すリュースが、緊迫した空気を見事に削いだ。
「あん?何だ?」
「何か・・・怖い雰囲気なんですが・・・」
「そりゃそうだ、これから闘うんだからな。」
「えぇっ?」
「ラウンド・ワン!レディー・・・」
画面の中を、試合開始を告げる文字が駆け抜ける。
「ゴォッ!」
さぁっ!気合入れて行くぜ!!
「・・・ぼ・・・」
「?」
「ぼうりょくはんたあぁぁーい」
ガツンッ
ぴたっ
・・・思わず放ったヘッドバットがボタンを叩いた。それに応じて、画面の動きがぴたり
と止まる。
「・・・あ・・・あのなぁ・・・」
がばっと顔を上げて、
「妙な声を出すなっ!気が抜けるだろうが!!」
そう叫んだ。
いや、
叫ぼうと思っていた、
が・・・
「うっ・・・ぐしゅ・・・えっくっ・・・」
「・・・・・・」
大きな瞳に涙を溜め、指を組んで俺に懇願するような姿勢を取り続けるリュースに、そ
の言葉を叩き付ける事は出来なかった。
全く・・・卑怯だよなぁ・・・
「ぼ、ぼぼ、ぼうりょくはんたいですうぅ・・・・」
「・・・何が言いたいんだ?リュース。」
「ぼ、暴力は、い、いけ、いけないんですよぉ・・・」
「いや、まぁ・・・」
涙が滝のように流れる。
「暴力は、だめですぅ・・・」
「・・・・・・」
以前、こいつの頭頂部にかかとを二回ほど落とした(ひでぇ)時、こいつは「壊れる」と
言う言葉に過剰に反応した。
「実験機」
「失敗作」
「最低」
「廃棄」
そんな言葉が出てきたのも、その直後だ・・・
「なぁ、リュース。」
「は、はい・・・」
怯えたような目・・・こんな目をされると、何も言えなくなってしまう。
「・・・こっちに来い。」
「?」
すすすすすす・・・ぴと
おずおずと俺の右横にくっつくリュース。
ぐいっ
「・・・?」
肩を抱かれ、潤んだ瞳を俺に向ける。
「お前がここに来る前何をしてたのか・・・俺は何も知らない。」
「・・・はい・・・」
その瞳に、不安の色が浮かぶ。
「・・お前が、前居た所で何をされていたのか・・・」
肩がかすかに震える。
「俺は・・・知らない・・・」
ぎゅっ
「・・・あ・・・」
その震えを止めるために、俺はリュースの肩を強く抱き寄せた。
「でも、な・・・言わなくて、いいぞ・・・」
「え?」
意外そうな顔で俺を見やる。
「いつか、お前の中で・・・お前の抱えてきた過去が・・・思い出と呼べるようになった時に・・・」
「・・・・・・」
「その時・・・少しづつ、少しづつ・・・語ってくれ・・・それまでは、何も言わなくていいから
な、リュース。」
「・・・はい。」
嬉しそうに微笑んで、俺の肩に頭を預けるこいつ。
・・・いつまでも一緒で居たい・・・と、改めて願ってしまう。
「さて・・・それはそれとして・・・」
「?」
リュースの前に置いたもう一つのジョイスティックのスタートボタンを押す。
「HERE COMES A NEW CHALLENGER!」
画面の中で輝く言葉は、ゲームが対コンピューター戦から対人戦に移行した事を示す。
「え?何?なんですか?」
「基本操作はこのマニュアルに書いてある通りだ、一通り覚えたら言えよ!すぐに始める
からな。」
「えぇっ?」
マニュアルを開きながら狼狽するリュース。
「わ、私、こんな暴力的なものできませぇーん・・・」
「るさいっ!格ゲーをしようとするたびに隣で『ぼうりょくはんたぁ〜い』と言われるの
だけはごめんだ!とっとと慣れろ!!」
「ふえぇ・・・」
半泣きになりながらマニュアルをめくって行く。その手つきは予想外に早い。
「・・・触るだけ触ってみろ、ひよっとしたらお前に役立つかも知れないぞ。」
「そ、そうですか?」
「そうさ、ゲームとは言え攻撃的な行動を学ぶってのも、大事な事だからな。」
「はぁ・・・」
まぁ、どうしても出来ないと言うなら別だが・・・こいつの暴力に関する過敏な反応は、
尋常じゃないからな・・・
「・・・だいたい分かりました、やってみます。」
拍子抜けするほどすっきりした表情を見せるリュース。
「大丈夫か?」
「は、はい、何事も、挑戦だと思いますので・・・」
「そうか・・・」
何となく、こいつは日に日に成長しているような気がする。この調子で心の傷も癒され
ればいいんだが・・・
「よし、キャラクターは誰だ?」
「は、はい、この人で・・・」
「・・・・・・」
リュースが選んだ青い学生服のキャラは、俺の使っているキャラの(自称)一番弟子だ。
しかし、炎の使い手の弟子であるにもかかわらず、火も出せない上に戦い方も物真似程
度と言う・・・まるでリュース自身のようなへなちょこなキャラだ。
「よし、始まるぞ。」
「はい!頑張ります!!」
真剣に画面を見つめるリュース。
「ラウンド・ワン!レディー・・・」
その一生懸命な横顔の、
すっ
頬に軽くキスをする。
「ふぁ・・・」
「ゴォッ!」
「今だ!」
試合開始の声とともに、俺のキャラが動き出す。
「うおりゃぁ!燃えろぉっ!!」
リュースのキャラが爆炎に包まれる。
「ああっ!ご主人さま、ず、ずるいですぅ。」
「うるせぇっ!やったもん勝ちだ!」
「そ、そんなぁ・・・うぅ・・・反撃しますぅー!」
「こ、こら!目を塞ぐな!」
その後もリュースと俺の妨害合戦は続き、ゲーム自体は無茶苦茶になってしまった・・・
が、当初の目的と違った方法で、二人の親密度は格段に上昇した。
なぜなら、
エスカレートし続ける互いの妨害に、俺達はゲームどころじゃなくなってしまったから
だ。
「お前があんな所を触るからだ!このえっちきちー娘!」
「で、でも、最初のキスはご主人さまからですぅ・・・」
「・・・結局、こうなっちまうのか・・・はぁ。」
お互い裸で布団に入っていては、何を言い争っても痴話げんかにしかならない。
「いいのかなぁ、こんな事で・・・」
「いいと思いますよ、私は♪」
「・・・うーむ・・・こういう経験を積ませるつもりじゃなかったんだけどなぁ・・・」
雪の夜は、優しく、静かにふけていった。
# # #
その頃元帥は、
「う〜」
ここ三日ほど風邪をひいて寝込んでいた。
「すみませーん、私を回収しに来たばっかりに・・・」
ゼロチの看病を受けながら、虚ろな目で天井を見つめている。
「あ〜あぁ〜」
だいぶ熱にやられているようで、苦しげなうめき声をあげ・・・
「はってっしぃない〜」
・・・どうやら、ウィルスが脳に到達したようだ。
「ゆぅめをおい、つづけ〜ええぇ〜」
「ご、ご主人さまぁ・・・」
第八話 END
次回予告・ゼロチ
元帥さんは私を大事にしてくれますけど、「可愛い子だから旅させね〜」って言ってあ
まり外に出してくれません。一人で旅立つって、どんな気持ちなんでしょう。やっぱり、
不安でいっぱいなんでしょうか。それとも・・・
次回、メカ耳少女の居る風景『旅立つ』
元帥さん、あまり出かけないでくださいね・・・さみしいから・・・