平盛○○年12月28日(月)・天気・・・雪
夜、
白い息吹に満ちる窓の外とは対照的に、俺の部屋はストーブの静かな炎が生み出す温か
さに満たされている。
「パソコンも片づけたし、これでよしっ・・・と。じゃあリュース、モード『パーソナルハ
イド』実行だ。」
「はい、ご主人さま。」
ふっ・・・
と目を閉じるリュース。
キュイーン・・・
温かい空気の中をドライブの駆動音だけが駆け抜けてゆく。新しいプログラムが、リュ
ースの中で形を成している証だ。
すっ・・・
橙色の瞳が静かに開かれる。その瞳に、感情の彩は・・・無い。
「パーソナルハイド、実行確認・・・ご主人さま、ご命令を。」
『猫っかぶりモード』なんて名前使うもんか。
速攻で変えてやったい。
「よし、機能試験するか・・・」
無表情なリュースに正面から向き合う。
しかし・・・いつも表情豊かなこいつの、こんな表情なんて・・・このプログラムを使わない
限り見れないだろうな。
「起動記録の確認だ。記録されている重要事項を、日付順に音声出力してもらおうか。」
「かしこまりました。」
キュウウゥゥー・・・
再び響くドライブ音。
「11月23日、雨野宅へ到着。同日、使用者登録。」
「・・・そうか、もう一ヶ月も前か・・・」
のっけから波乱含みの出逢いだった。
俺の冗談を真に受けて30分も町内をうろついていたこいつに、俺は
「使えねぇメイドロボ・・・」
と思ったもんだが、いざオーナーになってみると、やっぱり評価も違って・・・
違って・・・
・・・・・・
「つ、次、いってみようか。」
「はい。11月24日、呼称決定。以後、『リュース』を個体名として登録。」
「そう言えば、名前を決めた時もえらい騒ぎだったな。」
未だに、二秒に一回の割合で頭を下げ続けるリュースを思い出す。
愛称をもらって嬉しいのはいいが、名前を呼ぶたびに
「な、なんでしょうぅ・・・」
と、涙ぐみながら振り返るのはやめて欲しかった。
こいつと会って、俺は初めて知ったんだ・・・メイドロボに、鼻水を垂らす機能があるな
んて・・・
「11月26日、永世オーナー登録処理。以後、稼動条件第七項から第十二項に該当す
る事態の発生以外でのオーナー名変更を不可能としました。」
「・・・・・・」
「・・・リュースは・・・永遠に・・・あなたの物に、なりたいです・・・」
・・・そうつぶやくリュースの微笑みは、今でも俺の心の支えになっている。この時から、
俺とこいつはただの主従関係ではなくなったのだと思う。
じゃあ恋人かって言うと・・・それとも違う感じはするけど・・・何にせよ、ここからが始ま
りだと感じているのは俺だけではないだろう。
通常モードに戻った時、ゆっくり話でもするか・・・
「11月29日、ご主人様と共に屋外活動。11月30日、音声設定の変更。」
「ああ、イベントに出かけた時か・・・あん時の元帥との話で、こいつの音声が変更できる
って知ったんだもんな。」
こいつの声がこんなに凶悪になったのはこの時からだ。
今では慣れたが・・・当初は連れ歩くのにも勇気がいったもんだ・・・
「12月3日、格闘ゲームを学習。」
「・・・うぇ・・・」
今までで唯一、大失敗したと思っている事。それは、こいつに格ゲーを教え込ませてし
まった事だ。
当時は考えもしなかったが、よもやこんな方向に進歩させてしまうとは・・・
「12月12日、ご主人様は大学入試のために東京へと出立。」
「うむうむ。」
「12月13日、真吾キックほか二種類を習得。」
「・・・いらん事を・・・」
「12月14日、ご主人様に技を披露。」
「するなっ!!」
・・・このプログラム、まともに動いてるんだろうな・・・
「12月22日、花道の基本的作法を学習。」
「母さんに連れられて行った時の事だな・・・」
あの時の俺は、試験の結果待ちで落着かない日々を過ごしていた。
そんな時、ふと思い出した事・・・それは、東京で出会った『セリオ』型のメイドロボ。
今でもあの姿を鮮明に思い出す事が出来る。
「抱きしめて・・・欲しいです・・・」
と言った時の、頬の紅も。
「誰だったんだろう・・・あの子・・・」
「ご主人様。続けてよろしいですか。」
「あ、ああ。」
「それでは、続けます・・・12月25日、姉妹機キャンビーと接触。稼働状況を確認。1
2月27日、DVD=RAMによる、プログラム『パーソナルハイド』のインストール
を実行。」
「・・・クリスマスから昨日までは、何時になく慌ただしかったな・・・」
キャンビーの突然の来訪。
ZIPドライブの悪夢。
そして・・・謎の(元帥関連と思われる)メイドロボの出現・・・
こいつと一緒の生活を始めてからほぼ一ヶ月。普通なら落ちつきを見せる筈の日常が、
なぜか加速的に混沌の色を濃くしている。
ふと、
無表情な濃灰色の瞳を向け、その唇から平坦に言葉を紡ぐ少女の姿が浮かぶ。
「・・・違うだよもん。」
・・・だから誰だっちゅーんじゃ。
「以上、起動記録の確認を終了します。」
「・・・ご苦労様、リュース。元に戻っていいぞ。」
「・・・・・・」
おや?
「・・・特定のパスワードか、解除行動を行ってください。」
「あ、そうだったな。」
解除行動とは、モード『パーソナルハイド』を解除するための特定の行動を指す言葉だ。
キャンビーの場合は「頭を撫でる」が解除行動だったが、俺はそれを多少変更しておい
た。
しかし・・・
「・・・あー・・・」
・・・自分で設定しておいて何だが・・・恥ずかしいな。
「ご主人様、解除行動ですか?」
「そ、そうだけど・・・」
「では・・・」
すっ
瞳を閉じて、軽く上を向くリュース。いつもと違って静かな物腰が、俺を妙に動揺させ
る。
「・・・リュース・・・」
沈黙に耐えきれず、名前を呼びながら唇を重ねる。
「ん・・・」
「・・・・・・」
キュウゥーン・・・
微かに鳴るドライブ音が止まる頃、二人はどちらとも無く顔をひいた。
「・・・ふぅ」
「はぁ・・・」
ため息をついて目を開けると、同じく吐息をはきだしたリュースの顔が至近距離にある。
その瞳はさっきと違って、豊かな表情を宿している。
いや、
それどころか・・・
ぽろっ。
瞳の端から、小さな涙の粒がこぼれる。
「・・・何泣いてんだよ・・・」
すぅっ
そのやわらかな頬に右の手をやると、
・・・くっ
俺の手を両手で握り、慈しむように目を閉じた。
「思い出してました、色んな事を・・・自分じゃない自分の声を、聞きながら・・・」
「・・・そうか・・・」
体勢を入れ替えつつ、あいている左腕で肩を抱く。
どうやら、パーソナルハイドを実行している最中も、こいつの意識は起きているらしい。
その間こいつは、どんな気持ちだったんだろう・・・
自分じゃない自分。
それをすんなり受け入れられるのは、リュースがロボットだと言う証拠なのだろうか・・・
いや、違う。こいつがロボットなんじゃなくて、ロボットだと言う側面も含めて、こい
つはこいつなんだ。
一ヶ月と言う、短く、しかし充実した時間の中で俺が出した結論。
それは、
リュースは女の子の形をしたロボットじゃなくて、ロボットと言う「特徴」を持った女
の子なんだ・・・
「リュース。」
「・・・はい。」
「ずっと、一緒に居ような・・・」
「いやです。」
「・・・はい・・・」
え゛。
「あ、あれ?今のは?」
「リュース・・・」
「ち、違います!今のは私じゃありませぇん!!」
「いや、声で分かるけど・・・今の声は何処からだ?」
室内を見回しても、それらしい人物は居ない。
「って言うか、今日は一日誰も来てないはずだか・・・」
「寂しい人間。」
「俺の呟きと交友関係にいらん突っ込みを入れる奴は何処だーっ!!」
「あうあう」
状況が全くつかめていないリュースは戸惑うばかりだ。
見えない敵を探し出すため、俺はベッドの上に立って油断無く周囲を見回した。
窓の外。
押し入れ。
扉。
耳を澄まし、目をこらし、
「あうあう」
おろおろ
どんな小さな音も聞き逃さず、
「あうあうあう」
おろおろおろ
どんな小さな動きも逃さず、
「あうあうあうあうあう・・・」
おろおろおろおろおろ・・・
「んあぁーーーうっとおしいっ!!」
「あぅっ」
ぴたっ
しーーーん・・・
静寂が部屋の中を包む。俺の耳に届くのは、ストーブの静かに燃える音だけだ。
ちーんっ!
違った。
リュースの鼻をかむ音も聞こえる。
「・・・くそっ・・・これは『ToHeart』のパロディじゃなかったのか?まるでバ○オハザード
みたいだぜ・・・」
「ぐしっ・・・でも『ToHeart』のかけらも残ってないと言う意見も・・・」
「これからなんだよ!こ・れ・か・ら!!」
訳の分からない言い合いをしている間も、俺の視線は再び室内を駆け巡る。
窓の外。
押し入れ。
扉。
ダンボール・・・
「・・・待て。」
「はい?」
「あのでっかいダンボールの箱・・・何時から置いてあった?」
「あぁ、あれですか。」
ぱっと明るい表情になるリュース。
「玄関先に置いてあったので、お家の中に入れようとしたんですよ。そしたら・・・」
「・・・そしたら?」
くるくるくる
手近にあったゲー○ストを丸める。
「『自分で行けますので』って言って、自分でここまで上がって下さったんです!私、こ
ーんな親切なダンボールさんには初めて会いました!」
「そーかそーか、よかったなぁ・・・って」
スパカーーーン!!
「あうぅっ」
「そもそも自分で歩くダンボール自体が異常なんだよっ!!」
てっきり、誰かが片づけ用に持ってきた箱だと思ってたんだが・・・
「乱暴はいけません。」
「?」
近くに声を感じた俺は、ふっと振り向いてみた。
「うわぁっ!」
俺の視界を埋め尽くしたのは茶色の壁だった。
22年間生きてきたが、ダンボールのどアップを見たのは今が初めてだ。
「何だ何だ何なんだおまえは!」
ぺこり
「こんばんわ、ダンボールです。」
下から細い足を出したダンボールは、礼儀正しく体を・・・いや、頭を下げた。
「はぁ、これはこれはご丁寧に・・・」
ぺこり。
礼儀正しさなら負けまいと、リュースが頭を下げる。
「・・・ほぅ、お前の名前はダンボールか。」
「はい。」
「『ダン』が名字で『ボール』が名前か。」
「いいえ。『ダンボー』が名前で『ル』が名字です。」
苦しい苦しい。
「・・・変わった名前だな。」
「はい。親族に『ヤン坊』と『マー坊』と『ランボー』と『点棒』が居ります。」
「ずいぶん多いな。」
「全部嘘です。」
「・・・・・・」
ずいぶんと「いい」性格の持ち主らしいな。
「結局何者なんだ、お前。」
「・・・私の名前は『HM−12Ce8・セレブ』・・・リュースさん、あなたの妹です。」
「えぇっ!」
驚愕の新事実。
「いいからそれを脱げ。ビジュアル的にかなりいけてないぞ。」
へなちょこなビジュアル。
「リュース。この妹の印象はどうだ?」
「え、あ、はい・・・ずいぶんと、折り目正しい人ですね。」
「・・・セレブとか言ったな。この姉をどう思う。」
「コメントは控えさせていただきます。」
「・・・・・・」
いや、これはこれで似た者姉妹なのかも・・・
「・・・さて、そろそろ帰らなければなりません。」
「あぅっ、そうなんですかぁ・・・寂しいですね。」
「ごめんなさいリュースさん。私は・・・貴方を抱きしめる事も許されない身なんです・・・」
「はうぅ・・・そうなんですか・・・」
そう思うなら箱を脱げ、箱を。
「では。」
すたすたすた
「ぶつからないのか?」
「はい。超短波センサーを使用していますので。」
「・・・無駄なハイテクを・・・」
がらっ
器用に箱の角で扉を開けている。
「待て。」
ぴたっ
廊下に出ようとしていた茶色い物体は、静かにその歩みを止める。
「お前・・・昨日、俺と会わなかったか?」
「・・・嘘だよ。会ってないもん。」
とんとんとんとん
躊躇無く階段を下りてゆく音を聞くと、さっきの彼女の言葉に嘘が無い事が分かる。
「・・・だよもん星人だ。」
やっぱり。
あの少女は、やはり元帥メイドだったか。しかも・・・キャンビー、バリュースターの妹
・・・セレブ。
俺の頭の中を、嵐の予感が駆け抜けて行く。
「ご主人さま。」
「ん、何だ?リュース。」
「セレブさん・・・どうやって帰るつもりなんでしょうか。」
「えっ?あ・・・うーーーむ・・・」
雪の北海道を歩くダンボール少女・・・
「・・・ほとんど妖怪だな・・・」
そんなどうでもいい事に頭を悩ませていた俺は、さっきまでセレブが座っていた所に置
いてある物の存在に気が付かなかった。
それが待ちに待っていた、大学合格の通知であるにもかかわらず・・・
# # #
そのころ元帥は、雪のそぼ降る道端に止めたワゴンRの中に居た。
ぴるるるるるる
「ん?来たかな?」
膝の上に乗せておいたラップトッブPCの画面に『サテライト通信=ON』の文字が浮
かび出る。
「・・・ふむ、よしよし。」
ドアを開け、雪の中に歩み出る。
「おかえりーっ」
ばくん
後部ハッチを開けると、
さくさくさくさく
向こうから足の生えたダンボール箱が歩いてきて、荷物スペースにすとん、と乗っかっ
た。
「どうだった?あの二人は。」
「はい。親密度は予想以上ですが、それが本当のものなのかは・・・まだ・・・」
「ふんふん。ま、セレブは自分の思った通りに動くといいかもね〜」
「・・・何故、ですか?」
「ん?」
「稼動状態の不安定な私に、自由な行動をさせてくれるばかりか・・・それをサポートして
下さるなんて・・・」
ドライバーシートに身を沈め、
ばたんっ
運転席のドアを閉めながら、元帥は底の見えない不敵な笑みを見せて呟く。
「さぁて・・・なぜだろうねぇ〜」
ぶるるるるるるるる・・・
色々な思いと策略を乗せて、軽ワゴンは雪の振る中を走り出した。
後部ハッチを開けたまま。
「今日は、何だか寒いねぇ〜」
「・・・・・・・・・そうですね。」
教えてやれよ・・・
第十三話 END
次回予告・岩男潤子
心があるから、人として。
機械だから、物として。
どちらが正しく、どちらが間違っているのか・・・それを決めるのは、彼女たちではない。
全ては「マスター」の示すまま。
だから、温かく。だから・・・切ない。
次回、メカ耳少女の居る風景『Humane・前編』