(Leaf Visual Novel Series vol.3) "To Heart"Another side story

メカ耳少女の居る風景

第十五話
『Humane・後編』の巻

Written by -->MURAKUMO AMENO HOME PAGE -->SEIRYU-OU KYUUDEN

Original Works "To Heart" Copyright 1997 Leaf/Aquaplus co. allrights reserved


 この小説は、販売・株式会社アクア、企画・制作・リーフのウィンドウズ95用ヴィジ  ュアルノベル・ソフト「ToHeart」を基にした二次創作物であり、作中に使われる名称  は一部を除いてほぼフィクションです。  したがって、ゲームの公式設定・裏設定に準じた物語ではないために、誤解を招く場合  等がありますが、その場合はご容赦願います。  ちなみに、  この小説の中に出てくる少女たちと会いたいと思ってくれた方々には、つつしんで「探  せば会える」とだけ言っておきましょう。


平盛○○年1月15日(金・祝)午後2時43分・天気・・・晴れ

 ・・・ひゅっ
たたんっ
 殺意を込めた右手を振り上げて跳躍するライム。
 その無表情な顔を見つめた時、
「リュース・・・」
 不意に、リュースの微笑む顔が浮かんだ。
ぶぅんっ!!
 閉じた瞳の中に最愛の人を見ながら、俺はつぶやく。
「ごめんな・・・リュース・・・」
 扉の向こうの遠巻きな悲鳴の中から、何かが聞こえたような気がした。

どむっ!!

 複合素材(コンポジット・マテリアル)で構成された少女の腕は、俺の頭蓋を粉みじんに
 粉砕して・・・
「ご主人さま!」
すたっ
 いなかった。
「・・・え?」
 間抜けな声と共に、覚悟を込めてつぶった両目を開けると、そこには、まぶたの裏に浮
 かんだ少女の姿があった。
「リュース!な、なんで・・・」
「・・・うぅっ」
ぶわっ
 俺が状況の説明を求めるより先に、リュースの顔が泣き崩れる。
「よ、よかったですぅ・・・一時は、ひっ、本当に、ど、どうなる事かと・・・」
 よろよろと膝をついて、肩を震わせてしゃくりあげるリュース。
「ご主人さまが危ない!!って思った時、とっさに技が出て・・・ほ、本当に、良かったです
 ぅ・・・」
「・・・技名は何だ?」
「『百壱式・朧車』ですぅ。」
「成程・・・」
 ライムが跳ぶのとほぼ同時に、リュースはライムの背後で跳んでいたんだ。
 その跳躍の勢いをそのまま乗せた後ろ回し蹴りを当てられ、ライムは本来の行動が出来
 なかったって訳だ。
「・・・どうりで踏み切り音が二重に聞こえたと思った・・・って、じゃあライムは?」
 そう思って簡素な室内を見回す。
 俺の左側。
 少し離れた所に、たたんだ机を積み上げている山がある。
 その山に叩き付けられるかのように、背中を預けているライムの姿があった。
「・・・動かない、な・・・」
「えっ!」
 急いで駆け寄ろうとするリュースを、俺は腕をつかんで押しとどめた。
「待て!危険だ!!」
「でも、でも、でも!」
「落ち着け!!」
ずきっ
「・・・くっ」
 背中が、痛い。
 腕の力が抜ける。
「あ、ご、ご主人さま!」
 力無くへたり込んだ俺に寄り添う。
「す・・・すみません・・・ご主人さまが、心配してくれているのに・・・私・・・」
「・・・何言って・・・ふっ!う・・・」
 腕を動かすと、肩口に鈍い痛みが走る。
「ご主人さま!動いちゃ・・・」
ぽん
「・・・え?」
 心配げに俺の顔を覗き込むリュース。その頭に、優しく手を置く。
「そこが、お前の良い所なんだから・・・」
なでなでなで
「・・・優しいからな、リュースは。」
「・・・・・・」
 哀しんでいいのか、
 喜んでいいのか、
 そんな複雑な表情をしながらも、頬は微かな紅に染まっている。
・・・・・・
「・・・?・・・」
ぐいっ
「きゃっ!」
 リュースの頭を抱き寄せ、頬と頬を合わせる。
「あ、あ、あのあの・・・」
「・・・違うな・・・」
「あのあの・・・え?」
・・・カリカリ・・・
 何処からともなく聞こえる、ディスクスワップの音。
「・・・じゃあ、やっぱり・・・」
 嫌な予感を感じながら、左の方に目を向けると・・・
・・・カリカリカリカリカリカリ・・・
ゆらぁ・・・
 スワップ音をさせながら幽鬼の如く立ち上がり、虚ろな目を俺達に向ける少女。
「加害・・・要素・・・除去・・・」
「ったく・・・」
よろっ
 立ち上がりはしたが、我ながら頼りない足取りだと感じる。
「・・・しつこい女の子は、嫌われるぜ・・・」
 精一杯の悪態。
 気を紛らわさなければ、心配げに見つめているリュースに寄りかかってしまいそうな状
 態だ。
 だが、
 その言葉はライムの思わぬ反応を呼んだ。
「・・・いいんです。」
「!」
「ライムさん!!」
 擬似感情プログラムが生み出す空虚な微笑みは消え失せ、メイドロボ本来の無表情さが
 彼女の顔を彩る。
つうっ
 その左頬を流れる一筋の流れ・・・
「あ、あぁ!ひっ・・・」
 リュースが恐怖と動揺を露わにして、顔を両手で覆う。
「ライム・・・お前・・・」
「私は先程、ご主人様に・・・」
 涙
 いや、違う。
「・・・廃棄されたのですから・・・」
つつぅっ・・・
 緑と茶のまだらの液体が、瞳から涙のように流れているのだ。
 茶色はオイル。
 そして、緑は・・・
「はぁ、うっ・・・ら、ライムさんの、ほ、保護液が・・・」
 保護液。
 衝撃に弱いCPUを保護するために、中枢回路の一部に満たされている液体。人間に喩
 えて言うならば・・・『脳漿』
「うっ・・・」
 嘔吐感が胸を襲う。
「・・・だから・・・せめて・・・私は・・・私の・・・私と・・・して・・・の・・・」
ぎゅっ・・・びぃっ・・・
 嫌な音を立てて音声が途切れると同時に、おぼつかない足取りでライムは俺に歩み寄っ
 てきた。
「ご、ご主人さま!逃げて下さい!!」
「馬鹿言う・・・うっく・・・」
 背中の痛みが、俺の体の自由を奪う。
「私の体なら・・・少しの間、ライムさんの攻撃に持ちこたえる事が出来ます。」
「し、しかし・・・」
「大丈夫です!防御の仕方もちょっとは勉強しました!だから・・・こんな、不肖の私です
 が・・・私に・・・」
たんっ
 一歩、前に出た。

「ご主人さまを・・・守らせて下さい・・・」

 俺と共に歩く事しか出来なかったリュースが、
 痛がり屋で、泣き虫で、誰よりも暴力を嫌うリュースが・・・俺の前に立っている。
 俺を守るために。
 俺を愛する、たった・・・それだけのために・・・
「リュース・・・」
 俺はその時、リュースの小さな背中が震えているのを見た。
ぶんっ
 ライムの無造作な一撃は、行く手を阻むリュースに向けられる。
「え・・・えいっ!」
がしぃっ
 両手を交差させて、振り下ろされた右拳を受け止めた。その次の瞬間、
「・・・・・・」
がづんっ
「あぁっ・・・」
 鈍い音がリュースの体を揺らす。
 ライムの左足が跳ね上がり、その膝がリュースの脇腹を突き上げていたのだ。
「リュース!」
「くっ・・・だ、大丈夫です・・・えぇいっ!」
 リュースは体を右に開いて腕を払い、肩口からライムの胸元に体当たりを敢行した。
ばんっ
 体ごとぶち当たっていったため、二人とも部屋の中央に歩み出る。
「・・・・・・」
 仕切り直すため、後ろに下がるライム。
 と、思った瞬間、
だんっ!
 強く床を蹴る音がライムの後ろで響くと共に、その姿が疾風のように加速する。
「!」
 リュースが驚愕の表情のまま、後ろへと吹き飛ばされる。
 強力なタックルをライムが行ったのだ。
「何っ!!」
 俺の声が空しくその場に響いた時、
がんっ!!
「ひ、あっ!!」
 すでにリュースは壁に叩き付けられ、体を締め上げられてしまっていた。
「く、くうぅ・・・」
ばんっ!ばんっ!!
 ライムの背中や肩を拳で叩き続けるが、リュースの拘束が緩まったようには見えない。
 いや、それどころか、
ぎりぎりぎり・・・
「くぅ、ふぅ、ふぅ、ふぅ・・・」
ばんっ・・・ぱん・・・
 その息は絶え絶えになり、叩く力も徐々に失せているようだった。
 開放された出入り口の向こう、こちらに近づきもせず何事かを囁きあう声が妙に遠く感
 じる。
「リュース!止めろ!止めろぉっ!!」
だっ
 痛みに苦しみながらも、俺の体は俺の意志を汲んでくれたらしい。
どむっ!
「・・・!」
「ふぁっ!」
 さっきのリュースのように、肩口からライムに突っ込んで行った俺はリュースの縛めを
 解くのに成功した。
 だが。
ぶうんっ
がづっ!
「あ、ぐぁ!」
 体制を崩したライムは、苦し紛れの拳の一撃を俺の側頭部へと叩き込んだ。
 一瞬、地面が揺らぐ。
どざっ
 部屋の片隅に倒れ込んだ衝撃で、失いかけた意識は強引に戻ってきた。
「・・・つぅっ・・・!」
 再び立ち上がろうとした俺は、再び拘束されているリュースを見た。
 しかも、今度は体を押さえるなんて生易しいものではない。
「は・・・う、く・・・あ・・・」
 リュースの首を両手で絞め上げながら、その体を壁伝いとは言え上へ、上へと持ち上げ
 続けているのだ。
「止めろ!ライム!!」
・・・ぴたっ
 リュースを持ち上げる手が止まる。
「お前のご主人様に危害を加えたのは俺だぞ!だったら何故俺を狙わない!!俺だけを狙え
 ばいいだろう!」
「・・・・・・」
ぎりっ
「かはっ!」
「リューーース!!」
 再び駆けだそうとした俺の腕を、
かしっ
 さほど強くない力がつかんだ。
「無駄です。止めて下さい。」
「お前・・・」
 振り向いた先・・・さほど明るくない部屋の中で最も暗い場所である、部屋の片隅にその
 少女は立っていた。
 その姿は・・・黒い髪と、濃灰色の瞳・・・そして、黒と白一本線で構成されたシンプルなセ
 ーラー服だ。
「・・・セレブ!」
「おひさしぶり・・・と言いたい所ですが、時間がありません。これを。」
「?」
 真ん中に四角い穴の開いた黒い長方形の物体が差し出される。
 取手のようになっている一辺を握ると、ちょうど他の三辺が拳を守るかのような形にな
 る。
ぢぢっ
 強く握ると、握った所と反対側の一辺にある、一対の金属片から紫電が疾る。
「・・・スタンガン・・・」
 どうやら、これがセレブの得意武器らしい。
「高電力にセッティングしてあります。対象本体には絶縁コートが施してあるため、それ
 でも数回本体に接触させなければいけませんが・・・」
「いや、打開策が在るだけでも充分だ・・・ありがとう、セレブ。」
「・・・私は衝撃に弱く、リュースは身体機能が完全ではありません・・・どうか・・・」
 きゅっ
「姉を・・・助けて下さい・・・」
 相変わらず無表情なままの表情。だけど俺は、その瞳にかすかなゆらめきがあったのを
 見逃さなかった。
「おーい!ししょーっ!!」
「どしたにゅー!リュースちゃんが、リュースちゃんが大変だにゅーっ!!」
 外からみーみーコンビの怒声が聞こえる。
 ちょうど俺達は、外からは死角になっている所に居るらしい。
「っせぇなぁ・・・言われ無くったって・・・」
 セレブの手を軽く握りかえしてから、
「分かってるよ!!」
だんっ!
 全身にみなぎる力を込めて、床を蹴った。
「くそぉっ!」
 ライムに飛びかかると同時に、その背中に拳を叩き付ける。
ばぢぃっ!
「・・・!!」
 鋭く息を飲む音とともに、腕を引きつらせるライム。だが、未だリュースを離そうとは
 しない。
「そいつを・・・リュースを離せ!」
ばぢいぃっ!!
「・・・かっ・・・」
ひゅーっ
 ライムは吸い込む息に喉を鳴らしながら、振り向きざまに左拳を振り上げた。
ぶんっ
 刹那。
「えやぁっ!」
ぱあんっ!
 振り上げた腕を、リュースが蹴り上げた。
「リュース、大丈夫か!!」
「けほっ・・・は、はい、部品の破損もありません!・・・あ・・・」
・・・ざっ・・・ざっ・・・
 笑みを浮かべたリュースだが、それでも俺達に歩み寄るライムを見やると表情が凍り付
 く。
「・・・リュース、」
 スタンガンを構えながら、俺は語り出す。
 祈るように、そして・・・己に言い聞かせるように
「こいつは不運な奴だ・・・オーナーが悪かったばっかりに・・・こんな事になっちまって・・・」
「・・・・・・」
「だから、せめて、これ以上罪を重ねないようにしてやろう・・・」
「・・・・・・」
「・・・悲しい夢から、救ってやろうな・・・」
「・・・はい!」
・・・ざわっ・・・
たんっ!
 微かな喧騒を背に、軽やかに駆け出すリュース。
「いくぜ・・・」
だんっ
 俺は踏み出して、リュースがライムの腕を殴り上げると共にその腹にスタンガンをあて
 る。
ばぢっ
「!・・・」
・・・ひゅん!
 一瞬の間の後、俺に向かって振り下ろされた拳を、
がしっ
 振り上げられたリュースの足がおし止める。
「えぇいっ!」
 そのまま勢いを利用してバク転するリュース。
「!」
ぐらっ
「よしっ!」
 体制を崩したライムの肩口に、力を込めて叩き付ける。
ばぢいぃっ!!
 そんな攻防を数回繰り返すうち、ライムの動きにも明らかに衰えが見えてきた。
 ・・・だが、
「はぁ、はぁ、」
 状況はこっちも同じだった。
「大丈夫か、リュース。」
「はぁ・・・は、はい、ぜんぜん大丈夫です!」
「・・・強がりやがって・・・」
・・・ぢぃっ・・・
「スタンガンの電池も切れてきたな・・・」
ざわざわざわ
・・・パーポーパーポー・・・
 ざわめきの向こうから、パトカーのサイレンが聞こえる。
 リュースにこんな苦しい思いをさせてまで、戦ってきたってのに・・・
「ここで終わらせなきゃ、何の意味も無いじゃねぇか!」
 焦燥感が、俺の胸を灼く。
「ご主人さま・・・」
「何だ?リュース。」
「・・・来ます・・・」
 しっかりとした足取りが、戦う意思を示している。
「・・・かが・・・い・・・よ・・・う・・・・・・そ・・・」
 虚ろな目に、流れるものはない。
 もう・・・尽きてしまったのだ。
「・・・やめて下さい・・・」
「!リュース!!」
 無防備に歩み出るリュース。
「あなたのご主人様は、もう、どこかに行ってしまいました・・・だから、あなたが戦う理
 由は・・・無いんです・・・」
「・・・・・・」
 満身創痍のライムが、その歩みを止める。
「だから、もう・・・止めましょう・・・」
「・・・あ・・・あ、な、た・・・には・・・」
 その時、ライムの唇から漏れた言葉は、

「わ・・・か・・・ら・・・な、い・・・」

 俺とリュースの胸を激しく貫いた。
ぶんっ
 激しく繰り出される拳。
たんっ!
 高く。
 速く。
 その身を竜巻のように螺旋に委ね、リュースは跳んだ。
たっ
 最後の一撃を加えるべく駆け出した俺は、信じられない光景を見た。
 リュースが放った渾身の左回し蹴りを、
・・・ぶんっ
 頭を後へ引く事でライムが避けたのだ。
 その時、リュースの口から聞こえた言葉は・・・

「・・・クルダりゅう、こうさっぽう・・・」

 戦う意志のあらわれだった。

「ぶーめらぁん!!」

 一陣の旋風が吹き抜けた時、
がきぃんっ!!
 激しい金属音が俺の目の前で響いた。
ばふっ
「ふあっ!」
 俺の手元にリュースが降ってきた。
「おっとと・・・」
 握り締めていたスタンガンを離して、両手でリュースを抱きかかえる。
かしゃんっ・・・ぢぃ・・・
 落ちたスタンガンの最後の電荷が消え去るのを待っていたかのように、
がくっ・・・
どしゃっ!
 鈍い音を立ててライムが崩れ落ちる。
 俺の腕の中で激しく息をつくリュースを、俺はその光景を見せないように強く抱き寄せ
 た。
「・・・あの技って、ゲームのじゃねぇよな・・・」
「は、はい、そう、です、」
 俺のつぶやきに、苦しい息の下から答えるリュース。

 クルダ流交殺法『舞乱(ブーメラン)』
 某シャドウなんとかの中に出て来る蹴り技だ。
 一発目の回し蹴りを牽制、あるいはフェイントとして放ちながら、その回転を維持しつ
 つ本命の回し蹴りを放つ…言わば二段構えの旋風脚。
 決まればまるまる一回転分の慣性力を相手に叩き付ける事が出来るため、力を持たない
 者がにはもってこいの技だ。その上達人が放てば、足先が真空波を纏う事もある。
 だが、
 その全てを空中で制御しなければならない事と、その回転力を少しでも殺した場合、蹴
 りを放つどころか滞空すらままならない事から、高難易度の技の一つとして知られる
 「クルダ流交殺法・影技」の戦闘技術である。
 だが・・・

 「・・・良くマンガの中の技なんか覚えられたな・・・」
「は、はい・・・動きを予想して、それを何度かシミュレートしてみた結果、再現可能だと
 言う事がわかりましたので・・・」
 動きの無い絵。
 その絵から動きを予想して、形にする・・・こいつの潜在能力は、実は相当なものなんじ
 ゃないのか・・・
「そうか・・・とにかく、ご苦労さん・・・良くやったな。」
 そう言うとリュースは、
「・・・・・・」
ばふっ
 何も言わずに俺の胸に顔を埋めてきた。
 と言うより、
 頭を叩き付けてきたのだ。
「おいおい、痛いってリュース・・・リュース?」
 その肩が震えている。
「・・・てっ・・・」
「?・・・どうした?」
 俺の胸を何か熱いものが濡らしている。
「・・・なんて・・・」
 それは、深い哀しみの涙だった。
「良くやったなんて・・・い、い、言わないでくださぁい!!」
 初めて聞く、リュースの叫び。
 それは、心に背負った哀しみの重さを真摯に俺に伝えている。
「良くなんて、ないですぅ・・・」
「・・・・・・」
「良く・・・なんて・・・」
「そうだな・・・ごめん、リュース。俺が馬鹿だった・・・ごめんな・・・」
ぎゅっ
「・・・す、すみません・・・けど、けど!」
「いや、いいんだ・・・ごめんよ、リュース、本当に・・・」
「すいませえぇん・・・ふえぇ・・・」
「ごめん、ごめんな・・・許してくれ、リュース・・・」
「ふええぇぇ・・・」
「リュース・・・」
ぼっ
 ライムだった機体に、炎が灯る。
 体全体が加熱していたためだろう、火は勢い良く燃え始めた。
じりりりりりりりり
・・・しゃあああああああ
 火災報知器の音と、
 スプリンクラーの雨と、
 哀しみに満ちた周囲の人々の眼差しを感じながら、
 俺は朽ち果てた彼女の前でいつまでもリュースを抱き抱えていた。


               # # #


平盛○○年1月15日(金・祝)午後6時18分・天気・・・曇り

 「大丈夫ですか?ご主人さま。」
「お前こそ大丈夫かよ。」
 そう言いながら俺とリュースは警察署を出てきた。
 周囲がすっかり夜になっている理由は、事情聴取が長引いたからではない。濡れた服が
 乾くのを待っていたためだ。
「雨ちゃ〜ん、こっちこっち!」
 向こうの道路から、赤い車に乗った元帥が手を振る。
「あ、元帥さんですぅ!」
「・・・やれやれ、また借りを作っちまったなぁ・・・」

 結局今回の騒ぎは中田の違法改造が原因だと言う事で、俺達に何らかの処罰が下る事は
 なかった。
 実際、事のほぼ一部始終を記録したデータが残っていた事が円満な解決に繋がったらし
 い。
 途中で姿を消した元帥、
 突如あらわれ、忽然と姿を消したセレブ。
 そして、警察署内で会った来栖川重工の人間・・・今更ながら、元帥の底知れなさにはう
 すら寒さすら覚える。

 「・・・あの時セレブを呼んだのは・・・元帥だろ?」
 横の運転席で煙草を吹かす元帥を見やる。
「え!セレブさんが来てたんですか?」
 後ろの席から乗り出すリュース。
 危ないっつうの・・・
「あぁ・・・な、そうでしょ?」
「さぁ〜どうだろうねぇ〜」
「・・・あそこにセレブを呼んだ理由は、俺にあのスタンガンを渡すためと・・・セレブに全て
 を記録させるため・・・」
「さぁ〜て。」
「そして、その後・・・姿を消した理由は・・・恐らく、来栖川の人間と接触して、警察方面に
 話を・・・」
「さぁ〜ねぇ〜何がどうなってるんだろうね〜」
「しらばっくれるのもいい加減にしろ!」
「あぅっ!」
 自分が起こられた訳でもないのに、リュースは亀のように首を引っ込めてしまった。
「大体あれだけの騒ぎを起こしておいて、これからもあの会場を使ってイベントが出来る
 なんて・・・絶対おかしいでしょうが!!」
「へぇ〜、不思議な事もあるもんだねぇ〜」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・はぁ、」
どさっ
 シートに力無く身を預ける。
「分かりましたよ・・・負け負け、俺の負けっ!」
「やったね!勝ったよ〜」
 もう、どうでもいいや。
 俺も、
 リュースも、
 元帥も、
 セレブも、
 他の皆も元気なままで・・・それでいいじゃないか。
 それで・・・
「さ〜て、着いたよ〜」
「ん、ああ・・・あれ?」
 車を下りようとした俺は、そこが元帥の家でも俺の家ではない事に気がついた。
「ここって、一体・・・」
 物思いにふけっている間に、元帥に見知らぬ所に連れてこられたらしい。
「さて、んじゃ勝者の権利を使わせてもらおっかな〜雨ちゃん」
「・・・はいはい、何やりゃあいいんですか?」
「あ、あの・・・」
 おずおずと顔を出すリュース。
「何かご用事でしたら、ご主人さまの代わりに私が・・・」
「あ〜リュースはいい子だねぇ〜でも駄目だよ〜」
「?何でですか?」
「それはね〜これは雨ちゃんが渡さないと意味無いからだよ〜」
 そう言いながら、茶色の紙袋を取り出す。
「?CDか何かですか?」
「ん〜これはね・・・」
 元帥の話は、俺とリュースにとって衝撃だった。


               # # #


 ピンポーン
 インターホンを無造作に押すと、数秒の間の後。
「はい、どなたでしょう・・・」
「俺だよ、中田。雨野だ。」
 インターホンのスピーカー越しに息を飲む声が聞こえる。
「・・・何ですか、弁償とかなら・・・しませんよ・・・」
「まあまあ、警察でこってり絞られた人間を、これ以上いじめるような事はしねえょ・・・
 ただ、元帥からお前に届けるものがあったんでな・・・これを届けに来たんだ。」
かさっ
 俺の手の中で紙袋が鳴る。
「・・・何ですか?」
「DVDだ・・・ライムの記憶入りのな。」
がたっ
 壁の向こうの動揺が、手に取るように分かる。
「メイドロボのハードディスクって、結構しっかりガードされてるんだってなぁ・・・でも、
 正直言ってどれだけの記憶が残っているのかは分かんないそうだ。全部忘れちまってる
 のかもしれないし・・・」
 息を吸って、言葉を続ける。
「・・・今日の事を、覚えているのかもしれない・・・」
 沈黙。
 おりしも降り始めた雪が、車内の暖房に火照った体を冷やす。
「・・・嫌がらせですか・・・」
「そんなんじゃねぇよ。」
「だって、どう見たって嫌がらせじゃないですか!!」
 耐え兼ねたかのように叫ぶ。
「どうせ全部俺が悪いんですよ!俺があんたのメイドロボにちょっかいかけたり、ライム
 をあんなふうに改造したからこうなったって事ぐらい分かってますよ!」
 徐々に声の調子は激しくなって来る。
「いいじゃないですか!!俺に取り柄なんて無いんだから、好き勝手にやったっていいじゃ
 ないですか!バカ見る奴がバカなんですよ!!どうせ俺なんて・・・」
ばぁんっ!!
「ライムはそんなお前を守ろうとして死んだんだよ!!」
「!」
・・・ん・・・
 扉を叩いた音が、雪の中に消えてゆく。
「最後まで・・・お前を守ろうとして・・・お前に、認めてもらいたくて・・・一生懸命頑張って
 ・・・」
「・・・・・・」
「『死んだ』んだよ・・・」
「・・・・・・」
 静かに、
 静かに、雪は降り続ける。
 真摯に、ひたむきに、ただただ雪は降り続ける。
 いつかは消えてしまう運命のはずなのに、雪は・・・美しく降り続ける。
 静かに、
 静かに。
がたんっ
 郵便受けに紙袋をほうり込む。
「これをどうするかはお前の自由だ。けどな、一つだけ言っておく。」
 中田だけではなく、俺は俺自身に向けて言葉を紡いだ。
「自分以外を意のままに操るなんて・・・そんな事、誰にも出来るはずが無いんだ・・・でもな、
 本当の気持ちで接した時・・・相手が何であろうと、その想いは必ず返って来る・・・」
「・・・・・・」
「機械も人間も、な・・・」
「・・・・・・」
ざっ
 踵を返して、中田の家を去る。
 これからあのデータをどうしようと、あいつの勝手だ…だけど…だけど、俺は信じたい。
 ライムの想いと、機械と人間の可能性と、
「・・・うぅっ・・・ぐ・・・」
 インターホンから微かに漏れた、あいつの悲しげな泣き声を・・・


               # # #


 「ねぇ〜何で助手席乗ってくんないのぉ〜」
「んなもん決まってるじゃないですか。」
ぎゅっ
 後部座席のはしっこで遠慮ぶかげに座るリュースを抱き寄せる。
「あ、ご、ご主人さま・・・」
 照れてる照れてる。
「むくつけき野郎より、可愛いリュースと一緒に居る方が数倍楽しいからに決まってるか
 らじゃないですか!」
「あ、あの・・・」
ぽーっ
「えぇ〜俺だって可愛いじゃん。」
「殴りますよ・・・とにかく!きっちり俺の車が在る所まで送ってもらいますよ!」
「えぇ〜!俺だって、これからゼロチを迎えに行かなきゃなんないのに〜」
「つべこべ言わんと、さっさと送る!・・・大体、定期メンテ出した程度でそんなに気にか
 ける事無いじゃないですか。」
「いいじゃん、ゼロチ可愛いし。」
「ふーんだ!リュースの方が激!可愛いんですからね〜だ!」
「あ、あの・・・あのあの・・・」
「よーし言ったな!言ったな!!んじゃゼロチ拾って行くから、どっちが可愛いか決着をつ
 けようぜぇ〜」
「うーしっ!望む所だ!!」
「はうぅ・・・は、恥ずかしいですぅ・・・」
 騒がしい一団を乗せたまま、ワゴンRは旭川の街を駆け抜けて行く。
「ご主人さま・・・」
「ん?」
 不意に、小声でリュースが話し掛けて来る。
「わ、私は、ご主人さまが・・・大好き、です・・・」
 何を言うかと思ったら・・・俺の答えなんて、決まってるじゃないか。
「俺もだ、リュース・・・」
 元帥のルームミラー越しの視線も気にせず、俺達はしっかりと寄り添った。
 ・・・思い切って、一言追加!
「・・・愛してるよ。」
「!・・・はい・・・」



 人間は、激しい哀しみを胸に刻んで、それでも微笑みながら生きて行ける。
 なぜなら、
 悲しい過去を越えた者だけが、喜びの未来を作る事ができるから・・・そう信じる事を、
 人はこう呼ぶ。『ヒューマイン(人間的)』と・・・



                              第十五話 END



次回予告・セレブ
 ・・・え、次回予告ですか。それでは・・・
 昏迷を極める日本経済。その渦中に於いても、人々は享楽に身を委ねる事を止めない。
 そんな堕落と荒廃の象徴である電子遊戯機器の森の中、一人の男の運命が狂い出す・・・
 その先に待つのは、コキュートスか、ヴァルハラか・・・
 次回、メカ耳少女の居る風景『そして又一人』
 ・・・「素直に言え」?・・・・・・嫌です。



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・                               第十五話 END 次回予告・セレブ  ・・・え、次回予告ですか。それでは・・・  昏迷を極める日本経済。その渦中に於いても、人々は享楽に身を委ねる事を止めない。  そんな堕落と荒廃の象徴である電子遊戯機器の森の中、一人の男の運命が狂い出す・・・  その先に待つのは、コキュートスか、ヴァルハラか・・・  次回、メカ耳少女の居る風景『そして又一人』  ・・・「素直に言え」?・・・・・・嫌です。
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