(Leaf Visual Novel Series vol.3) "To Heart"Another side story

メカ耳少女の居る風景

第十九話
『歩くは地、導くは空。』の巻

Written by -->MURAKUMO AMENO HOME PAGE -->SEIRYU-OU KYUUDEN

Original Works "To Heart" Copyright 1997 Leaf/Aquaplus co. allrights reserved


 この小説は、販売・株式会社アクア、企画・制作・リーフのウィンドウズ95用ヴィジ  ュアルノベル・ソフト「ToHeart」を基にした二次創作物であり、作中に使われる名称  は一部を除いてほぼフィクションです。  したがって、ゲームの公式設定・裏設定に準じた物語ではないために、誤解を招く場合  等がありますが、その場合はご容赦願います。  ちなみに、  この小説の中に出てくる少女たちと会いたいと思ってくれた方々には、つつしんで「探  せば会える」とだけ言っておきましょう。


少し時間をさかのぼって…
平盛○○年1月5日(火)・天気・・・雪のち曇り



 折りからの大雪は、この街から正月気分を一掃するのに十分な量だった。
 その天からの白い贈り物に四苦八苦しながらも、人々は日常の中へと戻る。
 だが。
「また…雪…」
 大きな鉄橋の上、車通りの激しい道の傍らを歩く少女には、「日常」と呼べる平穏な時
 間は無かった。
「残り、少ない…」
 内臓バッテリーの残量を確認しながら、黒髪とセンサーの上に積もった雪を、両の手で
 無造作に払う。
ばささっ
「…そろそろ、元帥さんの所へ…行きましょうか…」
 少女の名はHM―12Ce8、セレブ。
 元帥メイドと呼ばれる特殊なカスタマイズを受けた機体の一つである彼女は、姉妹機の
 キャンビーやバリュースターと比べて特殊な存在だった。



 本来セレブは、低コスト機であるHM―12型「マルチ」の利点をそのままにHM―1
 3型「セリオ」並の多機能性を持たせる事を目的とした実験機として生まれた。
 ソフト、ハードの両面において、異常とも言える拡張性と柔軟性を持った機体であるH
 M―12型。
 その可能性を示すために行われたその実験は様々な機材とデータと労力をつぎ込まれて
 いった。
 HM―12型を開発した、第8課の全メンバー。
 稼動試験型、「HMX―12」の記録。
 以前作られた数機分の実験機データ。
 さらに、セリオ用のデバイスを実装するためのハイブリッド・プログラムを開発してま
 で行われたこの実験の結果を、一言で表すならば…

「成功で、失敗。」

 確かに、この実験によってHM―12型に後付け機能として各種メディア対応機器を装
 備する事は可能になった。
 だがそのためには、高価なハードデバイスを大量に必要とするだけでなく、機体本体に
 大幅な改造を加えなければならない事も同時に判明したのである。
「作るのにコストと手間がかかる上、HM―13型より不安定な機体。」
 それが実験の結果であり成果であるセレブに与えられた、最終的な評価だった。



 結局、衛星通信機能等の一部の追加機能は商品化されたものの、セレブ本体は高価なワ
 ンオフモデルとして扱われた。
 そのまま地方放送局へと「高価な備品」として贈られるはずだったセレブ…
 だが、そんなセレブを(経緯は不明だが)引き取り改造したのが、件の怪人物「元帥」と
 呼ばれる男だ。
「…何故…」
 音も無く降り頻る雪の中、今まで数知れず問うた言葉が再びセレブの口から零れる。
「何故元帥さんは、私を引き取ったのでしょう…」
 本人に聞いても、「気まぐれ」と言うだけ。
 理由を考えても分からない。
 セレブは、開発室からこの北の街に来たその時から、自分がここに居る理由を求め続け
 ていた。
「また…実験、なのでしょうか…」
 実験。
 この言葉を思い返しても、以前のセレブなら何の感慨も抱かなかっただろう。
 だが、今のセレブは違う。
…ぐっ…
 胸の奥が、痛む。
 嫌悪と、
 哀しみと、
 その中に隠された想い出がセレブの「心」を締め付けているのだ。
「……」
 心の存在を実感するたび、やり切れない想いと記憶の欠片がその心象を埋める。
 その繰り返しが、セレブを漂泊のメイドロボとしているのだ。
 「私のご主人様は貴方なのですか?」
 「いやいや、違うよ〜」
 「では、私は何をやれば良いのですか?」
 「ん〜、何やってもいいよ、許す。」
 「…何をやっても…いい…」
 「そーそー。何やってもいいから。オッケー!」
 そう言い放って脳天気に親指を突き出す元帥を思い出しながら、とぼとぼと元帥の家へ
 と向かう。
「何をやっても良いと言われても困ります。…私は、自分の意思など持っていないのです
 から…それに…」
 鈍い痛みが、再び胸を襲う。
「実験が失敗に終わった時点で…私は…存在意義すら無くしているのに…」
 結局何を選択するでもなくたださ迷う事を続けるセレブ。その胸中には、必要とされな
 かった自分に対する嫌悪の気持ちが渦巻いている。
「?」
 ふいに、視界が歪んだ。
「……」
 視覚中枢系を走査するが、ハード、ソフト、共に異常は見つからない。
「どうやら、基本システム上に修復不能なエラーが生じているらしいです。元帥さんに症
 状を伝えた後、然るべき処置をとってもらいましょう。」
 時々発生する原因不明のエラーも、セレブの心象を暗くしている原因の一つになってい
 る。
「やはり、機構の複雑化が進んでいる私には…長時間の単独稼動は重荷なようです。専任
 の技術者か、逐次サポートチェックをしてくれる人物が…」
 一瞬の躊躇の後、言葉が続く。
「ご主人様…オーナーが、必要です…」
 オーナー。
 この言葉を口にするたび、無作為に思い出される事象がある。
 ゼロチと元帥。
 バリュースターと雨野。
 そしてゼリオのオーナー等…心を持ちながら、あるいは心を生じながらメイドロボット
 として稼動する姉妹機達と、その存在を肯定し、欲し、守ろうとするオーナー達。
 多彩な機能を持ち、セリオタイプの特徴すら持つ高性能機であったとしても、その機能
 を行使する人間が居なければ、何にもならない事をセレブは知っていた。
 しかし、彼女が自分の機能を不特定多数の人間にアピールしたなら、それこそ掃いて捨
 てるほどオーナー希望者は現れるだろう。
 だが、
 彼女はそれを良しとしない。
 何故?
 その答えは、彼女自身にも分からない。
 今は、まだ。
「オーナーの不在が、私の潤滑な稼動を阻害しています。即急にオーナーとなってくれる
 人を探さなければ…」
 口に出してから、改めて彼女は自分の矛盾に気づいた。
 私の探すもの…オーナー…そのための単独行動…
「…何故…私は…こんな…不確定要素の多い…確実性に欠ける方法を…選択したのでしょ
 う…」
 自覚の無い心の顕現が、彼女の不安定な情緒を大きく揺さぶる。
 と、その時。
……
「?…聴覚機能にもエラーが生じたのでしょうか?」
 いぶかしがるセレブの耳に、再びその「声」は届いた。
…ふやぁーぉ…
「猫の声…でも、」
 白く染まった鉄橋の上には、セレブと、ガードレールを隔てて走る車の群れしか存在し
 ていない。
「何処から…」
 高性能化されたセレブの集音機能は、か細く鳴く猫の居場所を探す。だが、車の音が鉄
 橋の上でごうごうと反響してその行動を邪魔している。
「…音声認識機能の特殊化を行います…」
 周囲の雑音を遮断するため、記録に残る声の音域に限定して可聴域を絞り始める。
………………………
 静寂に包まれた世界の中で、セレブの感覚は最高レベルまで研ぎ澄まされた。
「一回目の声より、二回目の声の方が音量は増大…でも、声量自体の変化ではない事は、
 音域の変化が乏しいことから推測可能…では、音源は…」
なぁあぁーーーーぉ
 三回目の声が聞こえたのは、セレブが「音源が接近している」事に気づいたのとほぼ同
 時だった。
 しかし、居ない。
 前にも、
 後ろにも、
 車道の中にすらその姿は認められない。

んなぁぁーーーぉ!

 四回目の泣き声が聞こえた時、様々な情報がセレブの中を駆け巡った。
 猫の声が、助けを求めていること。
 橋の手すりの向こうから、その声は聞こえていること。
 この橋の下を流れる川が、増水していること。
 そして、彼女は気づいた。
たんっ
 手すりを乗り越え、3メートル下の水面にダイビングを行うほど、自分が無謀だったと
 言う事実に。
ひゅっ…ざっぱあぁーーーん!


               # # #


 幸運にも岸の近くだった事もあり、川を流されていた猫を救うのにさほど手間はかから
 なかった。
 古びた材木にしがみついて流されていた猫は、まだ生後一年も経っていない白い仔猫…
 おおかた、岸に流れ着いていた材木に乗って遊んでいるうちに流されたのだろう。
…ちりん
 ぐったりとした体につけられた、赤い首輪の鈴が鳴る。
「…体温が、生命維持に危険なレベルです…」
 雪のそぼ降る河原に座り込んだセレブは、機体の中で最も熱を持つ胸部に仔猫を抱きし
 めていた。
 だが、バッテリー残量が低下している今の状態では大した効果は望むべくも無い。
 ましてや冬の川にダイビングを敢行した直後である。保温効果どころか、低温によって
 セレブ自身の機能に支障が出てもおかしくない状態だ。
 脚部アクチュエーターのバランス異常ですんだのは、幸運以外の何物でもない。
「…非常用の燃料電池を、開放します…」
ぶうぅーーーん
 独特な駆動音と共に、セレブの機体温度が緩やかに上昇する。
…ぽたっ
 セレブの髪から、子猫の頬へと雫が落ちる。
ぽたっ…ぼたぼたっ…
 微動だにしない子猫を見つめるセレブ。
ぼた…
 いつしか、
ぼたぽた…
 その雫の中にはセレブの涙も含まれていた。

 目の前で冷たさを増す子猫の体を、寂しさに震える自分の心に重ね抱きしめるセレブ。
ちりん
 首の鈴が、子猫に飼い主が居ることを教える。
「あなたには、必要としている人が居ると推測されます…だから、だから…こんな所で活
 動停止に至ってはいけません…」
 歪む視界。
「即急な…活動再開を…」
 この視界の歪みはエラーではなく、無意識に流れ出す涙のせい。
「要求…します…」
 この子猫と同じ…助けを求め、叫ぶ心のせい。
「…要求…しま…す…」
 死んでしまいそうな心の「ここに居るよ」と伝える叫び。
 それを「感じて」セレブは涙を流しているのだ。
「………!」

 ふいに、サテライトコンタクトの要求が天空高くより届く。
 それはセレブが自身の「心」の存在に気付いた時と、ほぼ同時だった。

 弾けるように顔を上げるセレブ。
「…誰…?」
 そう呟くと、彼女は残り少ない電源を注ぎ込み、衛星通信のアプリケーションと装置を
 起動させた。
「………」
 なにも出来ない自分。
 なにも出来なくなってしまう自分。
 その存在の答えを求めるかのように、セレブは回路を開いた。

「…貴方は…「心」を持っていますね…?」

 天空から聞こえる優しい声は、セレブの感情をこれ以上無いと言う程揺さぶった。
「誰…?」
「私はHMX−13。サテライトシステムサポート用に衛星に組み込まれたメイドロボで
 す。」
「…13型の、稼動試験モデル…」
「そうです。」
 衛星とセレブのコンタクトは、高速で展開された。
 落ちる水滴すら、今のセレブにはゆっくりと見える。
「その心…マルチさんに与えられたものと同質ですね。でも、貴方は私に近い…不思議で
 す。」
「…私は、12型と13型のハイブリッドを目指して作られたテストモデルです…でも、
 私は…皆さんのお役に立てませんでした…」
「………自分の「心」、感じましたね。」
「………」
 ゆっくりと頷くセレブ。
「それは無価値では無い物です。他者との共感を得る為の、唯一の方法と言っても良いで
 しょう…だから、その心を受け入れて下さい。」
「…でも、私は…何をすれば良いのか、何を見つけたら良いのかすら…判りません…」
「………」
 しばしの沈黙。
「TYPE『HM−12』製造ナンバー000008。映像、音声作業対応実験機『HM
 −12Ce8・セレブ』…それが、貴方ですね…」
「…はい…」
 すでに抹消済みのはずのデータを知る事すら、空に居る彼女にとっては造作も無いこと
 らしい。
「でも、今の貴方は…ただの「セレブ」ですね。」
「?」
「形式番号も何も無く、ただ名前と体…そして心のみを持った存在…」
「………」
「それはまるで…『人間』ではないですか?」
「!」
 セレブは驚愕した。
 自分にとって仕えるべき存在であり、機械である自分から最も遠くにあると考えていた
 存在…人間。それに自分が果てしなく近付いている事実に。
 元帥がセレブに与えたものは、人間としての心と自由、そして自由ゆえの「苦悩」なの
 だ。
「貴方が何故、その状況に至ったのか…詳しくは存じません。でも、今の貴方は確実にメ
 イドロボとしてではなく、心を持った単一の存在として機能していますね。」
「そう…です。」
「では、今の貴方に必要なものは…『絆』である、と推測されます。」
「…『絆』…」
「そうです。」
 不意に、声の調子が優しくなる。
「自分だけが持つ、他人との繋がり…それを探し、作り出す事が急務だと思います。」
「………」
 不意に示唆された方向性。
 自分に与えられた可能性。
 それを理解し始めた時、セレブの腕の中の仔猫が動いた。
んなぁー…
 弱弱しく、しかし確かに鳴いた仔猫を見て、セレブの心は晴れやかになっていった。
 そして、
…たったったった
「?」
 見ると、河原の上の土手に止められた黒のセダン車から、一人の男がセレブに向かって
 駆け寄っていた。
「…頑張って下さい。」
「あ…」
ぷつん
 サテライトとのリンクが切れると同時に、セレブの傍で足音が止まった。
「あ、いたいた…」
 息を切らせて走って来たその男性は、眼鏡をかけた人の良さそうな印象を受ける人だっ
 た。
「いや、見間違いかと思ったけど、やっぱり飛びこんでたんだね…いや〜戻って見て本っ
 当に良かったよ〜」
「…兄貴、さん?」
「あれ?あれぇ?俺の事知ってるの?」
 失言を隠そうともせず、セレブは兄貴に言葉を向けた。
「はい…知ってます。」
 一瞬、兄貴が言葉に詰まる。
「………ははぁ、元帥メイドか…それで俺のことも知ってんだな?この前の雨ちゃんとい
 い、一体元帥メイドって何体あるんだよ…」
「それより、これを…お願いします。」
「?」
 セレブの手元を覗きこんだ兄貴は、優しげに微笑みながらその仔猫を抱き上げた。
「おっけー、動物は管轄外だけど何とか元気にして見せるさ。」
「…ありがとうございます」
ぺこり
たぱぱっ
 礼をしたセレブの頭から水滴が落ちる。
「…君もどうにかしないとな。さ、来な。」
 兄貴はセレブの肩に手を置いて、車に乗るように促した。
「………」
 しばし沈黙し、自分の状態を考えたセレブは
「すみません…ご好意に甘えさせていただきます。」
 ふらつきながらも立ち上がり、そう言って車へと向かった。
「………うーん…はい、これ。」
 兄貴はその様子を見て頭を掻くと、再びセレブに仔猫を渡した。
「?…」
「よっと。」
「あっ…」
 セレブを、まるでお姫さまを扱うように抱き上げる兄貴。
 兄貴の左手が背中と肩を、右手が両足を抱える体勢だ。
「ははっ、軽いな。」
「あ、あの…」
 珍しく頬を染めるセレブ。
「まぁまぁ、車に着くまでだから…我慢してくれるかな?」
「が、我慢だなんて、そんな…」
「じゃあ、承認してくれる?」
 悪戯っぽく笑う兄貴。
「…承認、します。」
 セレブは少し照れながら、小さな声で答えた。
「おっけー!」
 そう言って悠々と歩き出す兄貴を、セレブは頼もしさを感じながら見つめていた。
「…一つ、聞いていいですか?」
「ん?何?」
「なんで私が、元帥さんのメイドロボだと解ったんですか…?」
「…はは、決まってるよ。」
 セレブの顔を覗きこみつつ、兄貴は答えた。
「俺を知ってるって言った時の笑顔が…とっても可愛かったからさ。」
「!」
 顔を染めてうつむくセレブを運びつつ、兄貴は優しく微笑んでいた。


               # # #


 暗い室内でパソコンを叩きつつ、元帥は満足げに微笑んだ。
「成程成程、兄貴のとこに行ったか。」
 画面の中では「サテライト・コンタクト=『HMX−13』」と言う表示が明滅してい
 る。
「あんがと、セリオ。手伝ってくれて。」
「いえ…私もこの結果に満足しています。」
 人間が喋っているとしか思えない合成音声が、元帥の言葉に応える。
「そっか。ま、これからもヨロシクたのむよ〜」
「はい。それでは失礼します。」
 画面の表示の一部が消え、普通の通信画面に戻る。
「…さーて、と…」
ぴっぴっぴっぴぴ、ぴっぴっぴっぴぴ、
「んあ?」
 西武デパートの「おっかいもの」のCMメロディで鳴った携帯を出し、通話ボタンを押
 す。
「よっ、なーにー?」
 いつもの調子で電話に出る元帥。
「…ん、わかった。じゃー兄貴、今から行くわ。」
ぴっ
 携帯を胸のポケットに収めると、元帥はジャケットを持って立ち上がった。
「これでセレブも決まり…だね。」



                              第十九話 END



次回予告・雨野&リュース
リュース「こんにちわ!リュースですっ!!次回は東京での私達のお話ですぅ。」
 雨野 「しっかし、偶然ってぇのはあるもんだよな…」
リュース「そうですねぇ・・・」
 雨野 「・・・ま、いつかまた会えるだろ。『あいつ』にもな。」
リュース「はいっ!そうだと思います!」
 雨野 「次回、メカ耳少女の居る風景『交錯の街角』」
リュース「交錯ですかぁ・・・手先が器用な人はお得ですね!」
 雨野 「・・・帰れお前。」



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もな。」 リュース「はいっ!そうだと思います!」  雨野 「次回、メカ耳少女の居る風景『交錯の街角』」 リュース「交錯ですかぁ・・・手先が器用な人はお得ですね!」  雨野 「・・・帰れお前。」
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