平盛○○年6月13日(火)夕方・天気…晴れ 大学正門前
「本日全学休講」の看板を前に、俺はアホヅラをさらしていた。
「………」
ざわざわざわざわ
周囲の学生達も俺のお仲間らしく、看板を見て立ち止まっては何事かを呟いている。
だが、帰ろうとする者は少ない…無理も無い話だ…
がちゅがちゃがちゃ
目の前をライフルを持った黒い軍服の男たちが通り過ぎる。
ごろごろごろごろ
巨大なサーチライトが数人の軍人に押されて正門をくぐって行く。
ざーーーーっ
手馴れた様子で、壁に幾重もの鉄条網(バーブド・ワイヤー)を敷いていく人達。
俺達の目の前に広がっている光景は、大学活動のそれではなく、
『○ファイル』
とか、
『プレ○ター』
とか、そう言う類の米国モノでよく展開されている光景だったのだ。
「…休講って言うより…厳戒令じゃねぇか…」
俺の呟きに、見知らぬ数人が頷く。
眼前に拓かれて行く非日常から一刻も速く脱却しようと、俺は踵を返して愛しいリュー
スの待つ我が家へと向かった。
「まぁいい、休講は休講だ。軍隊が来ようがスワットが来ようが犬狼部隊が来ようが、俺
には関係の無いことだ…」
頬を流れる汗は、梅雨入り前の陽気に当てられたせいだ…決して、冷や汗では無い。
おれはそう思い込もうと必死だった。
「せっかく元帥の手から逃れて東京に来たってのに、これ以上シュールな目に合ってたま
るかってんだ!」
そうこうしている間に、俺とリュースの住むマンションが見えてきた。
学校の近くに居を構えたお陰で、ものの15分ほど歩くと家に帰る事が出来る。
「?」
がちゃがちゃ
鍵がかかっている。
「なんでぇ…出かけてんのか?」
仕方なくポケットから鍵の束を取り出し、扉を開ける。
さっきまで動いていたのであろう、クーラーの冷気が俺の体にういた汗を乾かす。
「出かける時は居たんだけどなぁ…まあいいや、しばらく待つか。」
カバンを置くと、テーブルの下に置いてある電話機が「伝言あり」のしるしを点滅させ
ているのが目に入る。
「?はて?」
ぽちっとな。
懐かしい言い回しをしながら、再生スイッチを押す。
『………』
「?」
『………………』
「??」
『………………………』
「???」
『………………………………』
「………?」
『………………………………………』
「………」
『………………………………………………』
「………!」
ぶちんっ!
怒りを込めて停止スイッチを押す。
「なんっじゃこらぁっ!っつーか無言電話を何で記録しとんじゃこの電話機はっ!」
怒りの咆哮をしていると、
ぴるるるるるるるるる
その怒りに油をそそぐかのように電話が鳴った。
「…無言電話だったら、妙チキリンな対応をしてやる…」
がちゃっ
「はい、もしもし。」
「………」
予感的中。
「…こちらは『マキハタヤマリカのMAHO堂』でございまーす!ご用件はなんでしょう
かぁ!?」
「………」
微かに聞こえる声。
「はい、魔法玉一ダースセットですね、まいどありがと…って、違うわあああっ!」
「………」
「え?いつも応対する女の子じゃないから変だと思った?…面白い姉ちゃんだな、あんた
っ!」
「………」
「妹が一人居ますけど、大きくなってからはお姉ちゃんって呼んでくれないのが寂しい…
そうか、そりゃ寂しいな…って、そうじゃないっ!っつーか誰だアンタ!」
「………」
「………………………ゑ゛」
信じられない自己紹介をされてしまった。
まさか、あの財閥のお嬢様から電話とは…しかも、よくよく聞いてみれば俺の先輩じゃ
ねーか!
ま、向こうは昼の部で、こっちは夜の部の違いはあるが。
「………」
「あ、は、はい、恐縮です、はい…え?普通で良い?あ、はぁ…」
軽く咳払いして、言動を崩す。
「すんません、先輩。俺もメイドロボのユーザーなんでね…色々先輩の家の会社には、お
世話になってるんスよ。」
「………」
「え?知ってるって?そりゃまた…」
何故
と聞こうとした瞬間、先輩の背後で聞き覚えのある泣き声が聞こえた。
「ふえええぇぇぇん…ごじゅ゛じん゛ざばあ゛あ゛あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛…」
「………リュースが、そちらにお邪魔しているようですね…」
頭痛が激しくなってきた。
「………」
「あ、はい。たのんます。」
リュースと電話を代わってもらう。
「おい、リュー」
「あ゛あ゛あ゛っ!ご主人ざばでずね゛え゛え゛え゛ぇ゛…」
思いっきり鼻声でやんのよ。
「いいから鼻をかめっ!話はそれからだっ!」
「ば、ばび…あ゛、ずびばぜん゛…お借りじまふ…」
先輩にハンカチを借りている様子が容易に想像できる。
「ちーーーんっ!」
無礼にもそのハンカチで鼻をかんでいる所も。
「…はい、これでいいですか?ご主人さま。」
「………後でたっぷり説教してやるとして…」
「?」
深呼吸をして、気持ちと頭痛を落ちつかせる。
「で、何で先輩と一緒に居るんだ?リュース…っつーか、どこに居るんだ?」
「はい、ご主人さまの大学ですう♪」
「………ゑ?」
瞬間、鉄条網に囲まれた俺の学校の姿が頭をよぎる。
「なーんでそんな厳戒体勢の学校の中に居るんじゃお前はっ!」
「は、はい…それが…」
リュースの話を要約するとこうだった。
俺の忘れ物に気付いたリュースは、俺が出かけてすぐに家を出たらしい。
そして、俺が学校に入る前に忘れ物を渡すため、先回りしようとして俺とは別な道を行
った…そこまでは、俺にも解る。
「…で、どう道を間違ったら完全に封鎖されている大学に迷い込めるんだ?」
「あう、そ、そこまで…私にも良く…」
…いっぺんこいつの地理把握能力をエラーチェックしてやる…
「きぁいい、入っちまったものはしゃーない…で、構内に残っている先輩に会った、と言
う訳か…」
「あ、はい、でも…」
リュースの後で聞こえる小さな声。
「あ、ご主人さま。さっきの伝言は聞かれましたか?とのことですが…」
「伝言?」
言われて俺は気がついた。
さっきのクソなげぇ無言電話と思っていたのは、先輩の伝言だったのだ。
「…いや、まだ…」
っつーか伝言とは思わなかったし。
「そうですか…まだだそうですぅ。」
再びボソボソ声。
「えっと、じゃあ、ついでに…」
「?」
「『剣や刀の類が有ったら、持ってくることをお勧めします』だそうですー」
「…なんだってぇ?」
俺は受話器を握ったまま、思いっきり疑問顔になった。
つづく