平盛○○年11月26日(木)午前1時・天気・・・くもり
ピンクの簡素な寝間着に着替え終えたリュースは、同じく、灰色のスウェットの上下に
着替えた俺の言葉をとても神妙な顔つきで聞いている。
「・・・分かったな。」
「はい!分かりました。・・・でも、」
ちらっ
俺の机におさまっている椅子を、一瞬見やる。
「他に休む所を見つけろって・・・何でですか?」
「うっ・・・」
ベッドに座りながら、俺は、一瞬だけ狼狽の踊りを披露してしまった。
「そ、それはだなぁ・・・夜中、椅子に座ったままのお前を見つけると、俺がおどろいてし
まうからだっ!」
「えぇっ?そうなんですか!」
うっ・・・
「あ、あぁ・・・ま、そんな所だ。」
大嘘だがな。
本当は、昨日の夜のような状況(前回参照)を避けるためだ。
苦肉の策の酒は、あいつを抱きしめた事でぶっとんでしまった。
「分かりました・・・では・・・」
しずしずしず
俺の前を通って、
がらっ
「おやすみなさー」
押し入れに入る寸前で襟首をつかんで、引き戻す。
「あぁうっ」
ちょこん、とベッドの上に座らせる。
「・・・そう言う猫型ロボット的な発想は止めろっ!」
「えぇ!そうなんですか?でも、邪狼○さんのマルチさんは・・・」
「勝手に俺の同人誌をあさるなっ!」
邪狼○さん、どうもすみません。
「誰かが謝ってるぞ。」
「きっと、この小説のへっぽこな地の文です。」
だまれポンコツ。
「あうぅ」
「えぇい!地の文と口ゲンカをするなっ!しかも負けてるんじゃねぇっ!!」
存在世界を揺るがす口喧嘩を止め、俺はリュースを向き直らせた。
「・・・確かに、他に休む所が無いのは分かるが・・・押し入れの中って事は無いだろう。せめ
て、俺の横に布団を敷くとか・・・」
「私は、布団を敷かなくても休めますよ。」
想像する。
俺の寝るベッドの横で、布団も何も無しに眠るリュース・・・
「寒いだろ、こっちこいよ・・・」
「え、で、でも・・・」
「いいから来いって!」
ぐいっ
「きゃっ!」
「・・・リュースは、あったかいな・・・」
「あ、だ、駄目です、ご主人さま・・・」
んが〜駄目だ駄目だ!
それこそ本末大転倒じゃねぇかっ!!
「・・・却下だ。」
「却下が多いですね。」
「誰のせいだと思っている。」
「きっと元帥さんのせいです。」
納得しかけてしまったじゃないか。
「あの人も、今、何やってんだろな。」
「近頃は、夜勤が多いって泣いておられましたが・・・」
ふと湧き上がった疑問をリュースに聞いてみる。
「なぁ。」
「?何ですか?」
「元帥って・・・一体、何者なんだ。」
「元帥さんです。」
・・・ま、予想通りではある。
「『俺?俺は元帥だよ。それ以上では無いけど、それ以下かもしれね〜』と言っておられ
ました。」
「相変わらずと言うか、何と言うか・・・」
今度は、リュースが疑問を呈する番らしい。
「ご主人さまは、どこで元帥さんとお知り合いになったんですか?」
「・・・そうだな、あれは・・・」
遥か昔ではなく、さりとて、この前と言うには古すぎる・・・そんな記憶がよみがえる。
「・・・高校の後輩だったんだよ。」
「えっ?で、でも、ご主人さまは、今・・・」
「最初に入った高校でな。」
「あっ・・・」
気まずい沈黙が流れる。
「す、すみません・・・」
「いや、気にするな。もう・・・昔の事だからな・・・」
高校を入っては辞め、入っては辞めしていた俺は・・・結局、何も見つけられずに年だけ
を重ねてしまった。
「自分に合った居場所を探そう。」
やっとそう思い至って地元の高校に入り直してみたが、分かった事は一時を過ごした東
京が性に合っていると言う事だけだった。
気概の他には、何も無い。
それが俺だ。
・・・だから、さっきのリュースの言葉の痛みは、良く分かるつもりだ・・・少なくとも、他
の人間よりは。
「・・・高校辞めて東京に行った時は、まさかまた面つきあわせる事になるとは思わなかっ
たがな〜」
何となく沈んだ空気を払拭するかのように、明るく言って見せる・・・が、それほど効果
は無かったらしい。
「・・・・・・」
互いの無言が続く。
どうやら、リュースは敏感に俺の物思いを感じ取ったらしい。
全く・・・本当は頭の中だけ人間なんじゃないだろうな。
しかも、
えらく繊細な・・・
「す、すみません・・・」
「・・・ふぅ。」
ため息しか出ない。
「そんなつもりは、無かったのですが・・・ご主人さまの、昔の事に、みだりに触れるなん
て・・・私・・・」
「まったく・・・教育が必要だな。」
「・・・はい・・・」
ぐいっ
「きゃっ!」
しゅんとした顔を、俺の顔と近づける。
こつん、
軽く、額が当たる。
「あ、あの、あのあのあのっ・・・」
頬を染めて狼狽するリュース。
風呂場での機体洗浄の時に使ったのだろう、シャンプーの匂いがする。
「お前、俺の事知りたかったんだよな。」
「えっ?は、はい、そ、そう、です、が・・・」
「だったら良し・・・お前の謝り方は、こうだ。」
小さく息を吸う。
「『ごめんなさい、でも、知りたかったんです。』言ってみろ!」
「は、はい、・・・ご、ごめんなさい、でも、知りたかったんですぅ・・・」
「よし・・・そしたら、俺はこう答える!」
再び、小さく息を吸う。
笑みがこぼれるのが、自分でも分かる。
「怒る訳ないだろ・・・リュースが、俺の事を知ろうとしてくれたんだ。」
ぐいっ
「・・・あっ」
リュースの頭を、肩口に抱き寄せる。
「ほんの少しだけでもいい、俺とお前の距離が縮まる事に比べたら・・・昔の事なんて、た
いしたこと無いさ・・・」
「ご、ご主人さま・・・」
素直に言葉が出てくるのは、残っている酒のせいだろうか・・・それとも、
「大好きだよ、リュース・・・」
「・・・・・・」
この、俺の体を懸命に抱き寄せ始めた少女の、心の傷を垣間見てしまったからだろうか
・・・いや、理由なんてどうでもいい。
こいつと、一緒に居られるから。
俺を必要としてくれるこの子と、求め合えたから・・・
「・・・わ、私も・・・」
顔を上げて、潤んだ瞳で俺を見つめる。
「わ、わ、私、も・・・」
その顔が、どんどん近づいて・・・
えっ?
「だ、だだだ、大好きです・・・ご、ご、ご主人・・・さま・・・」
何が起こったか理解できなかったのは、今度は俺の方だった。
「んっ・・・」
「・・・・・・」
潤んだ瞳が、閉じられた。
空白。
「・・・はぁっ・・・」
俺の正気を取り戻したのは、リュースの暖かく、柔らかい唇が離れる瞬間の寂しさだっ
た。
「・・・・・・」
思考停止。
「あ、あの・・・」
顔を真っ赤にして釈明を行う姿も、俺の思考回路を停止させる原因だ。
「き、昨日・・・いえ、おとついの晩、テレビドラマで見て・・・み、皆さん、こうやって、
『好きだ』って言う気持ちを伝えるんだって、知って・・・わ、私、それを見た時・・・今み
たいに、すごく、頬が熱くなったから・・・」
「・・・それから・・・その人たちは・・・どうした?」
自分が何を言っているか分からない。
分かりたくない。
「えっ?あ、いえ・・・その後、すぐ場面が変わってしまって・・・」
「そうか・・・じゃあ、」
肩に手をやって、俺の横に引き寄せる。
「あっ・・・」
「続きを・・・教えてやるよ。」
「え?あ、きゃっ。」
一緒にベッドへ倒れ込む。
俺の意識は、はっきりしているのだろうか・・・それさえも曖昧なほど、俺は自分の中の
感情を持て余していた。
だが、焦りは感じない。いや、むしろ・・・とても、満たされている。
「お前を、愛したい・・・お前の全てを、俺の物にしたい・・・」
「・・・・・・」
淡い戸惑いの中、それでも何かを信じる視線が俺に向けられ・・・
「いいか?リュース・・・」
「・・・はい、ご主人さま・・・リュースは・・・永遠に・・・」
少女は肯き、
「あなたの物に・・・なりたいです。」
そっと瞳が閉じた・・・その時、俺はつまらないものを投げ捨てた。
面子。
体面。
未来への不安。
彼女が作り物だと言う事。
それら全てを、投げ捨てた。
「好きだっ・・・好きだ!」
「あ、ふ、うっ・・・」
熱い吐息の中でディープキスを交わした瞬間、俺は捨てるはずではなかった『理性』を
捨ててしまったのは失敗だった。
なぜなら、
俺は次の日、一日中寝不足に悩まされる事になったからだ。
# # #
その頃、元帥は
「いぃねぇ〜茜、激!いいよぉ〜」
思い出したかのように『○NE』の茜エンドを見ていた。
「何回見てもいいねぇ〜」
つーか、二桁台突入してるんだけど・・・
第四話 END
次回予告・元帥
いやいやいや〜ぼかぁ〜信じてたよ〜彼がねぇ〜こう、ばりゅ子を猫っ可愛がりする事
をねぇ〜
どれどれ、彼もばりゅ子を手放せない状況になったようだし、ここで一丁『波風』をた
ててみようかねぇ〜楽しみだよ〜
次回、メカ耳少女の居る風景『電話の向こう、想いの向こう。』
向こう側でねぇ〜見守ってるよ〜